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ミラノ・ピッコロ座 ミラノピッコロざPiccolo Teatro di Milano

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世界大百科事典 第2版の解説

ミラノピッコロざ【ミラノ・ピッコロ座 Piccolo Teatro di Milano】

単に〈ピッコロ座〉,あるいは〈ピッコロ・テアトロ〉とも。1947年G.ストレーレルP.グラッシによって創設されたミラノ市立劇団。同時にその劇場をも指す。政治,文化,産業などの領域でいまだ中央集権化が行われていないイタリアでは,国立劇場,国立劇団がない。そのかわりに地方の主要な都市がみずからの劇団を運営している。ミラノのピッコロ座はそうした地方劇団の一つで,戦後最初に設立されたものである。同劇団は,ストレーレルという創意豊かな演出家の指導のもとに,イタリアの演劇界においてめざましい活動を見せ,国外にまでその舞台は知られるようになった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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世界大百科事典内のミラノ・ピッコロ座の言及

【グラッシ】より

…18歳で演劇活動に入り,演出,劇評,ジャーナリズムで活躍。1947年G.ストレーレルとともにピッコロ・テアトロ(ミラノ・ピッコロ座)を創立,以後同座を25年指導し世界的水準の劇団とする。1972‐77年スカラ座の総監督となり,同座の民主的改革に努力。…

【ストレーレル】より

…45年のイタリア解放とともにミラノに戻り演劇活動を始める。47年にはP.グラッシとともにミラノ市当局に働きかけて〈ピッコロ・テアトロ〉(ミラノ・ピッコロ座)を設立。以後ヨーロッパ各国の古典,新作をきわめて高い水準で演出して,グラッシとともにピッコロ座を世界最高峰の劇団の一つに育て上げた。…

【ダミアーニ】より

…リズミックな空間造形と繊細な照明が特徴である。1952年以来ミラノ・ピッコロ座(ピッコロ・テアトロ)の装置家として活躍。おもな仕事としてB.ブレヒトの《三文オペラ》《ガリレイの生涯》《セチュアンの善人》,C.ゴルドーニの《キオッジャのもめごと》,L.ピランデロの《本日は即興劇を》,F.ガルシア・ロルカの《ベルナルダ・アルバの家》などがあり,つねにG.ストレーレルの演出の下に好評を得た。…

※「ミラノ・ピッコロ座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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