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ムニキピウム ムニキピウムmunicipium

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ムニキピウム
municipium

古代ローマの共同体をさしたが,共和政末期以後はローマ支配下の自治都市を意味した。初めは前4世紀のカンパニアのように,ローマとの通商権,通婚権を有しながらも民会投票権はもたず,軍事義務を負わされたローマとの同盟都市のことをいった。これらの都市はローマの政務官の監督下に独自の役人をおき,それなりの地方自治権をもっていた。ラテン戦争 (前 340~338) 以後,被征服民サビニ,ピケヌムにもこの権利が与えられ,ムニキピウムは劣格共同体を意味するようになった。さらに前1世紀までには投票権も与えられてラテン市とあわせて地方の自治都市をさすようになり,ガリア,ヒスパニア,アフリカの土着都市もムニキピウムとされた。これらの都市ではラテン市民権が与えられ,帝国西部のローマ化,都市化を促進した。のちローマ市民権も与えられて,自治権を有するとともに帝国の重要な行政単位となったが,皇帝権が強化されるに従って自治権は失われ,経済の衰退と戦乱によって2世紀以後崩壊していった。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版の解説

ムニキピウム【municipium】

古代ローマの地方自治都市。共和政ローマはイタリア内の服属した都市国家にローマ市民権を与え,その在来の政治的諸制度を存続させて自治を認め,地方行政をゆだねた。前384年トゥスクルムが初めてムニキピウムになったと伝えられるが,前338年以降この方式はラティウムの諸都市に適用され,ローマ領の拡大とともにムニキピウムは増加した。同盟市戦争の結果,イタリアの全自由民にローマ市民権が与えられ,ムニキピウム制はイタリア中に広がり,各都市では毎年民会で選ばれる2人ないし4人の政務官が統治する行政組織が一般化した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ムニキピウム
むにきぴうむ
municipiumラテン語

古代ローマ時代にローマとなんらかの関係を結んだ共同体(都市国家・都市)をいう。共和政初期にはローマとの通婚権と通商権をもつ対等の共同体をさしたが、やがてローマに征服された都市国家がのちにローマ市民権を与えられて「ローマ市民の自治市」municipium civium Romanorumとなった。紀元前1世紀初めのイタリア同盟市戦争後、ラテン人共同体とイタリア同盟市はほとんど「ローマ市民のムニキピウム」となった。帝政期には、属州の諸共同体にローマ市民権を付与するにあたって、第一段階としては「ラテン権をもったムニキピウム」municipium Latini iurisに格上げし、第二段階で「ローマ市民のムニキピウム」とされた。ムニキピウムは中心の都市のほか、周囲の農村部を含んだ。[弓削 達]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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