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モンタランベール Montalembert, Charles Forbes René de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モンタランベール
Montalembert, Charles Forbes René de

[生]1810.4.15. ロンドン
[没]1870.3.13. パリ
フランスの政治家,ジャーナリスト。 F.ラムネとともに『アブニール』L'Avenir誌を編集。キリスト教自由主義の立場をとり,ナポレオン3世を支持。主著『19世紀におけるカトリック教会の利害』 Les Intérêts catholiques au XIXe siècle (1852) ,『西方の修道士たち』 Les Moines d'Occident (7巻,60~77) 。アカデミー・フランセーズ会員 (52) 。

モンタランベール
Montalembert, Marc-René, Marquis de

[生]1714.7.16. アングレーム
[没]1800.3.29. パリ
フランスの軍人で,築城技術の先駆者,設計者。新しい野戦用の要塞体系を発展させたことで有名。 1732年フランス軍に入隊。ポーランド継承戦争,オーストリア継承戦争に従軍。のち S.ボーバンの『攻城法概論』に魅せられて要塞構築に没頭。七年戦争では将官,フランス軍弁務官をつとめた。オルレアン島,エクス島に野戦用要塞を構築。彼の設計した要塞は「多角形」要塞といわれ,圧倒的な火力によってその防御を固めることにより,従来の要塞概念を一変させた。主著"La Fortification perpendiculaire" (1776~78) が出版されるまで 15年間秘密にされた。 92年師団司令官に昇進。

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世界大百科事典 第2版の解説

モンタランベール【Charles Forbes,Comte de Montalembert】

1810‐70
フランスの政治家,政治評論家。フランス移民の子としてロンドンに生まれ,早くからパリに出た。ラムネーラコルデールらと《未来》紙を創刊して教会の自立を主張した。また貴族院議員としてカトリック教育の自由をうたう数々の演説で知られ,自由主義カトリックの指導的存在となった。1848年からは国民議会と立法院の議員を務め,ナポレオン3世に対してはその秩序政策を支持するも,クーデタ以後は反対派にまわった。57年落選して引退,晩年は著作活動に専念した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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