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モンパルナス Montparnasse

翻訳|Montparnasse

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モンパルナス
Montparnasse

フランス北部,パリのセーヌ川左岸,モンパルナス墓地周辺,第 14区に属する地区。 19世紀後半以降,モンマルトルと並んでエコール・ド・パリの画家たちの多くがアトリエを構えた。特に 1910~30年頃,モンパルナス大通り界隈には芸術家,文筆家などが寄集って,新時代の芸術文化を生み出す活気のある雰囲気をかもしだした。現在はかつてのはなやかさはないが,美術学校や画廊が多く,依然としてパリの由緒ある芸術上の中心地となっている。

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デジタル大辞泉の解説

モンパルナス(Montparnasse)

パリ南部、セーヌ川左岸にある地区。第一次大戦後、文人・美術家たちが集まり、芸術の中心地となった。もと、ギリシャのパルナソスの名をつけた丘があった。

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百科事典マイペディアの解説

モンパルナス

パリ南部,セーヌ左岸のリュクサンブール宮殿南側の地区。1860年パリに編入され,現在第14区に所属。19世紀末以来,作家,画家が多数居住。1824年造営されたモンパルナス墓地がある。
→関連項目パリ

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大辞林 第三版の解説

モンパルナス【Montparnasse】

パリ市南部、セーヌ川南岸の盛り場。モンパルナス墓地に近く、芸術家が多く集まり、1920年代のエコール-ド-パリの中心となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モンパルナス
もんぱるなす
Montparnasse

フランスの首都パリ南部、セーヌ川左岸にある地区(カルチエ)。ラスパーユ通りとモンパルナス通りの交点(ロダンのバルザック像が立つ)を中心とする国鉄モンパルナス駅、モンパルナス墓地(1824開設)付近一帯の市街地。名称は、1760年のモンパルナス通り(命名は19世紀)開通以前この地にあったパルナッソスの丘にちなむ。20世紀初頭以降モンマルトルに次いで前衛芸術家や亡命者たちの多く集まる地区となり、彼らの通ったカフェー「ドーム」や「クーポル」にはいまも観光客が訪れる。藤田嗣治(つぐはる)のようにこの街に住み、この街を描いた画家も多い。ババン街、ブレア街、ドゥランブル街などは「夜の箱」とよばれる歓楽街。モンパルナス墓地には、ポアンカレ、ボードレール、モーパッサン、サン・サーンス、セザール・フランクなど文人、音楽家の墓が多い。[高橋 正]

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世界大百科事典内のモンパルナスの言及

【エコール・ド・パリ】より

…パリに定住し制作した外国人芸術家の集団を指し,各時代にこうした集団が存在したが,この用語が用いられるのは,(1)13世紀,聖ルイ王の保護下に手写本彩飾画を制作した画派,(2)第1次大戦前後から第2次大戦前までの間の画家たち,そして(3)第2次大戦後の主として抽象的傾向の外国人画家たちに関してである。しかし,通常は,主として二つの大戦間のパリ,それもモンマルトル,モンパルナスで制作した外国人画家たちに用いられる。しかし,たとえばキュビスムにおけるピカソやフアン・グリス,あるいはシュルレアリスムのダリたちは,いずれも外国人画家であり,エコール・ド・パリに属するが,これらの明確な運動,グループに属したものを除外する場合が多い。…

※「モンパルナス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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