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ユスティノス(英語表記)Joustinos

大辞林 第三版の解説

ユスティノス【Joustinos】

100頃~165頃) 古代のキリスト教弁証家。ロゴス-キリスト論により旧約の啓示と新約とを連続させ、プラトン哲学をモーセからの借用とみなすことにより、ヘブライ思想・ギリシャ思想・キリスト教を調和・統括しようと試みた。マルクス=アウレリウス帝の治下に殉教したため、殉教者ユスティノスとも呼ばれる。二つの「弁証論」や「トリュフォンとの対話」を著す。

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世界大百科事典 第2版の解説

ユスティノス【Justinos】

?‐163か167
最も初期のキリスト教護教家。生涯の詳細は不明であるが,サマリア近郊のフラウィア・ネアポリスに生まれ,当時のストア,アリストテレスピタゴラスプラトンの諸学派を順次遍歴後キリスト教に入信。150年ころアントニヌス・ピウス帝治下のローマで教え,マルクス・アウレリウス帝の治下に殉教。多くの著作が伝承されているが,真正のものとしては,当時キリスト教に向けられた無神論,国家に対する不忠といった誹謗が,かつてソクラテスを死に追いこんだと同じ悪霊ども(ダイモネス)の教唆によるものだと主張し,その論駁(ろんばく)を試みた二つの《護教》(《第1・第2アポロギア》),ならびに《哲学者にして殉教者であるユスティノスとユダヤ人トリュフォンとの対話》がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ユスティノス
ゆすてぃのす
Justinos
(?―165ころ)

初代キリスト教会の護教家。のちのテルトゥリアヌスによって「哲学者にして殉教者」とよばれた。パレスチナのギリシア系異教徒の出身。ストア派、ペリパトス(逍遙(しょうよう))派、ピタゴラス派などの諸哲学を遍歴したのち、プラトニズムに共鳴したが、最後に、エペソスである老人との出会いを機にキリスト教に回心。十字架上のキリストに真の哲学をみいだしたという。各地を教師として回り、ローマで学院を開く。ユニウス・ルスティクスJunius Rusticus(100ころ―170)の治世下、6人の弟子とともに殉教。ストアの種子的ロゴスの説をもとにロゴス=キリスト論を展開し、古典ギリシアの哲学とキリスト教の橋渡しをした。著作に2種の『護教論』Apologiaeのほか、『ユダヤ人トリフォンとの対話』Dialogus cum Tryphone Judaeoがある。[谷隆一郎]
『W・イェーガー著、野町啓訳『初期キリスト教とパイディア』(1964・筑摩書房) ▽アダルベール・アマン著、家入敏光訳『教父たち』(1972・エンデルレ書店) ▽J. Quasten Patrology (1966, Spectrum, Utrecht, Antwerp) ▽B. Altaner Patrologie (1978, Herder, Freiburg, Basel, Wien)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のユスティノスの言及

【神学】より

…しかし大学が成立してからは,これらの人々が神学教授となり,近代では専門化が進行して,厳密な意味での神学の専門教授が出現した。 古代東方神学はギリシア的なテオロギアの名称と思惟方法を取り入れてキリスト教を弁証しようとする2世紀のユスティノスらの弁証論者にはじまる。アレクサンドリアのクレメンスのあとをうけてこの方向で最初に体系的な神学を生み出したのは3世紀のオリゲネスである。…

※「ユスティノス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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