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ルナチャルスキー ルナチャルスキー Lunacharskii, Anatolii Vasil'evich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルナチャルスキー
ルナチャルスキー
Lunacharskii, Anatolii Vasil'evich

[生]1875.11.23. ポルタバ
[没]1933.12.26. メントナ
ソ連の評論家。官吏の家に生れ,中学生の頃からマルクス主義の文献に接触,スイス留学中にマルクス主義者たちと交流。 1896年帰国とともに革命運動に参加し,逮捕,追放されたが,革命後は教育人民委員としてソ連文化運動を指導した。

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デジタル大辞泉の解説

ルナチャルスキー(Anatoliy Vasil'evich Lunacharskiy)

[1875~1933]ソ連の芸術学者・批評家・政治家。早くから革命運動に参加し、十月革命後は教育人民委員。また、芸術理論家として文学・芸術運動の指導にあたった。著「実証美学の基礎」「オリバークロムウェル」など。

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百科事典マイペディアの解説

ルナチャルスキー

ロシア(ソ連)の批評家。1890年代末から革命運動に加わり,論文《実証美学の基礎》でマルクス主義的美学論を試みた。一時メンシェビキに属したが,革命後は教育人民委員として幅広い文芸活動を行い,1920年代ソビエト文学の発展に尽力。

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世界大百科事典 第2版の解説

ルナチャルスキー【Anatolii Vasil’evich Lunacharskii】

1875‐1933
ロシアソ連邦の革命家,政治家,文筆家。ポルタワの官吏の家に生まれ,チューリヒ大学留学中の1895年,社会民主労働党員となる。逮捕・流刑ののち1903年亡命,美学・哲学研究に従事しつつ党活動に参加した。05年の革命時まではボリシェビキの中心メンバーであったが,やがてレーニンと対立,第1次世界大戦中からトロツキーと行動を共にし,二月革命ペテルブルグ市会の重要人物,扇動家として活躍した。十月革命とともにソビエト政府教育人民委員となり,29年まで在職,文化についての広い理解に立ちつつ新文化建設の指導的役割を担った。

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大辞林 第三版の解説

ルナチャルスキー【Anatolii Vasil'evich Lunacharskii】

1875~1933) ソ連の批評家。ロシア革命後の新文化建設を指導、革命と文化の関係について幅広い評論活動を展開。評論「文学的シルエット」、戯曲「解放されたドン=キホーテ」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ルナチャルスキー
るなちゃるすきー
Анатолий Васильевич Луначарский Anatoliy Vasil'evich Lunacharskiy
(1875―1933)

旧ソ連の芸術学者、文芸批評家、劇作家、政治家。ポルタワ市の進歩的な官吏の家に生まれる。キエフ中学卒業後「革命の詩人、革命の哲学者」を志して、1894年チューリヒ大学へ留学。経験批判論の権威アベナリウス教授のもとで実証哲学自然科学を学ぶと同時に、スイスに亡命中のプレハーノフからもマルクス主義と文学・芸術理論について教えを受ける。そのため彼の前期の哲学にはマルクス主義を実証主義で折衷しようとする傾向が生じた。1898年ロシアへ帰り、革命運動に身を投じたが逮捕され、3年余の流刑となる。その間に書き上げた論文「実証美学概論」(1904年。1923年「実証美学の基礎」と改題)、「マルクス主義と美学・芸術についての対話」(1905)などで文学・思想界から注目を浴びた。1904年末、レーニンの要請を受けボリシェビキの機関紙編集局員となる。第一次ロシア革命敗北後、西欧へ亡命、その当時発表した論文「革命と芸術について」(1906)、「社会民主主義芸術の創造の課題」(1907)で、「ボリシェビキのもっとも才能豊かな評論家」と評価された。しかしストルイピンの反動期にボグダーノフらと「フペリョート」派に移り、著書『宗教と社会主義』(1908~1911)でいわゆる「建神主義」を唱えたため、レーニンから厳しく批判される。やがて自己の哲学上の誤りを克服、1917年春ロシアへ帰り、ボリシェビキに復帰。十月革命の勝利直後、彼はソビエト政府の教育人民委員(文相)に選出され、1929年までの12年間その地位にあって、非識字者の解消、ロシア語アルファベットの簡略化と新「正書法」の施行、新教育制度の基礎づくり、文化財の保護、保守的または非政治主義的な学者・文化人・作家らの庇護(ひご)に尽力した。芸術理論家および文芸批評家としては、ロシアの古典的作家たちを論じた『文学的シルエット』(1923)や、モスクワ大学、スベドロフ大学で行った講義をまとめた『西欧文学史』(1924)など130冊近い著書、1500編に上る長短の論文をもってソ連の文学・芸術運動を指導し、ネップ時代ののちには「芸術開花の黄金時代」を迎えるに至った。劇作家としては、『オリバー・クロムウエル』(1920)、『解放されたドン・キホーテ』(1923)など30編余りの戯曲を書き、映画シナリオにも筆を染め、数多くの映画・演劇論を残した。スターリン時代に入ると彼の活動はしだいに圧迫を受け、1933年、スペイン大使を命ぜられるが、その赴任の途中フランスで客死した。スターリン批判後、彼の仕事は積極的に再評価された。[箕浦達二]
『ルナチャールスキイ著、昇曙夢訳『マルクス主義芸術論』(1947・社会書房) ▽A・ルナチャルスキー著、原暉之訳『革命のシルエット』(1973・筑摩書房)』

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世界大百科事典内のルナチャルスキーの言及

【社会主義リアリズム】より

…同規約では,〈社会主義リアリズム〉とは,〈現実をその革命的発展において,真実に,歴史的具体性をもって描く〉方法であり,その際,〈現実の芸術的描写の真実さと歴史的具体性とは,勤労者を社会主義の精神において思想的に改造し教育する課題と結びつかなければならない〉とされた。この定式は,1932年4月,文学団体再編成についての共産党中央委員会決議後,作家同盟準備委員会でのゴーリキー,ルナチャルスキー,キルポーチンValerii Yakovlevich Kirpotin(1898‐1980),ファジェーエフらの討論を経てまとめられたもので,討論の過程では,社会主義リアリズムとは,〈社会主義が現実化した時代のリアリズムである〉,〈19世紀ロシア文学の方法とされた“批判的リアリズム”が,現実の欠陥,矛盾をあばきながら,その批判を未来への明るい展望と結びつけられなかったのとは異なり,革命的に発展する現実そのものの中に未来社会への歴史的必然性を見いだす新しい質のリアリズムである〉,その意味でこれは〈革命的ロマンティシズムをも内包する〉と強調された。実作面でこの方法に道を開いた作品としては,ゴーリキーの諸作品,とくに《母》(1906),ファジェーエフの《壊滅》(1927),N.A.オストロフスキーの《鋼鉄はいかに鍛えられたか》(1932‐34)などが挙げられた。…

【ロシア・ソビエト演劇】より

…そして大手の劇団,劇場にはある程度の自治権を認めながら,1919年から20年にかけて徐々に劇団,劇場の国有化を進めた。新事態への演劇人の反応はさまざまで,旧帝室劇場群は社会主義政権への反発から大半が休業に踏み切り,文教人民委員ルナチャルスキーの説得工作でしぶしぶ仕事を再開した。モスクワ芸術座も似たようなもので,これらの劇団は20年代半ばまではあまり活躍しない。…

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