コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

レオパルディ レオパルディ Leopardi, Alessandro

7件 の用語解説(レオパルディの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レオパルディ
レオパルディ
Leopardi, Alessandro

[生]? ベネチア
[没]1522/1523. ベネチア
イタリアの彫刻家,建築家。主として青銅の鋳造師として知られた。 1487年にフェララに行ったが,翌年ベロッキオの死によりベネチアに呼戻され,完成途上の『コレオーニ将軍騎馬像』の鋳造と台座を受持った。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

レオパルディ
レオパルディ
Leopardi, Giacomo

[生]1798.6.29. レカナーティ
[没]1837.6.14. ナポリ
イタリアの詩人。教皇領に属するマルケ州の寒村に生れ,閉鎖的で孤独な少年期を過した。 1822年ローマに出,次いで 25~26年ミラノボローニャに,27~28年フィレンツェに住み,「リソルジメント」 Risorgimento (1828) ,「シルビアに」A Silvia (28) などの詩篇を生んだ。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

レオパルディ(Giacomo Leopardi)

[1798~1837]イタリアの詩人。厭世的詩作で知られる。詩集「カンティ」、散文集「道徳的小品集」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

レオパルディ

イタリアの詩人。少年期の熱狂的な勉学により10代で古代諸言語を習得,同時に健康を害した。廃疾と死の自覚,天才を受けいれない世間への絶望が深い厭世(えんせい)思想となって,古典的洗練によって彫琢された美しい詩に表現されている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

レオパルディ【Giacomo Leopardi】

1798‐1837
イタリア最大の詩人のひとり。アドリア海を遠望する丘陵地帯の町レカナーティに,伯爵家の長男として生まれた。母親も侯爵家の出身で,幼いころから厳しいしつけを受け,政治的にも文化的にも保守性の強い環境に育った。最初の教育は父親や聖職者たちから受けたが,刻苦勉励して異常なまでに早熟な才能をあらわし,14歳のころには教師を必要としなくなり,膨大な蔵書を収めた父親の書斎に引きこもって,もっぱら古典文献の読破に努めた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

レオパルディ【Giacomo Leopardi】

1798~1837) イタリアの詩人。該博な知識と徹底した厭世えんせい観で際立ち、ペトラルカ以後のイタリア最大の抒情詩人とされる。その厭世思想は、明治期の日本でも、漱石をはじめ文学者たちに広く知られていた。詩集「カンティ」、手記「瞑想集」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レオパルディ
れおぱるでぃ
Giacomo Leopardi
(1798―1837)

イタリアの詩人。アドリア海を遠くに望み見る丘陵地帯の町マルケ州レカナーティに、6月29日、伯爵家の長男として生まれ、保守性の強い環境に育った。幼いころから聖職者の家庭教師について学んでいたが、14歳のときには、もはや教師を必要とせず、古色蒼然(そうぜん)たる父親の書斎に引きこもり、豊富な蔵書に埋もれながら、もっぱら古典文献の研究に没頭した。このころの関心は、文学よりもむしろ該博な知識を身につけることへの喜びに向けられていて、『天文学史』(1813)や『古代人に流布した誤謬(ごびゅう)について』(1815)などの論文に結実した。17歳のときには、英・仏・独の近代語はもちろん、ギリシア語、ラテン語、ヘブライ語を独学で習得していた。この時期(1808~16ころ)の「気違いじみた必死の勉強」によって、膨大な知識を身につけはしたが、陽光のあまり入らない部屋の中で生活していたために発育不全となり、身長が伸びずにくる病となって健康を著しく害し、夭折(ようせつ)を決定的に用意してしまった。当時、すでに試みていた、ヘシオドスの翻訳や、モスコスの牧歌の訳出、また『オデュッセイア』や『アエネイス』の部分訳などは、彼の端正で古典的な文体を生み出すもとになった。そして1815~16年、言語にまつわる美に目覚め、そのときの宗教的な体験から、むしろそれまでの自分の知識を振り捨てるようにして、詩の世界へと踏み込んでいった。
 けれども、彼の詩才に対する両親の無理解と屈辱的な経済援助とから、詩への厭世(えんせい)観は募っていった。加えて、21歳のとき眼病にかかって読書の道を絶たれるなど、不幸は次々に襲いかかってきた。しばしば、世界最高の厭世詩人とよばれるように、彼の詩は暗澹(あんたん)たるペシミズムに塗り込められているが、その悲哀は個人的な感情を超えて、世界そのものを悲しみのなかに描き出している。それは「死に近づく賛歌」(1816)に始まり、「無窮」(1819)、「孤独の雀(すずめ)」(1829)などを経て、死の2時間前に書かれたという「月は傾く」(1837)に至るまでの詩編に書き込まれている。散文作品としては、26の短編からなる『教訓的小話集』(1826)、また生誕100年を記念して出版された膨大な手記『随想集』七巻(1898~1900)がある。後者は15年間にわたる詩人の読書と、回想と、自己の魂との対話とを書き留めたもので、彼を19世紀最大の思想家たらしめている。また前者の詩や散文が、ロマン主義文学最大の遺産として、いや、ロマン主義の枠を踏み超え、ダンテ、ペトラルカ、タッソに続く、大詩人レオパルディとして、後世のイタリア文学に与えた影響は甚だ大きい。
 1822年に、ようやく父親に許されて、詩人は桎梏(しっこく)の故郷レカナーティを離れることができた。その後はローマ、ミラノ、ボローニャ、フィレンツェ、ピサなどを転々としたが、安住の地を得ることはなかった。ただ晩年、ナポリの亡命者アントーニオ・ラニエーリと知り合い、真の友情を得て、その妹パオリーナの献身的な看病を受け、37年の6月14日、ナポリで没した。主要作品は詩集『カンティ』(初版1831、再版決定版1835)に収める。
 なお、日本文学にもっとも早くレオパルディの名前を知らせたものの一つに、夏目漱石(そうせき)の『虞美人草(ぐびじんそう)』のなかの言及がある。[河島英昭]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のレオパルディの言及

【イタリア文学】より

…《コンチリアトーレ(調停者)》誌に寄稿した愛国者たちは,たとえばS.ペリコやG.ベルシェのごとく,自由主義思想のゆえに投獄されたり,亡命を余儀なくされた。しかしながら,ロマン主義最大の文学者はG.レオパルディとマンゾーニであった。レオパルディは《カンティ》(初版1831)のなかに愛国的な長詩を若干収めているが,本領は抒情詩にあり,古代ギリシアから,ラテン,イタリアまでのあらゆる詩法に通じ,それらを超克した簡潔な自由詩型を編みだし,悲劇的な感情を歌いあげた。…

【カンティ】より

…近代イタリアの大詩人G.レオパルディの詩集。初版は1831年にフィレンツェで,第2版は35年にナポリで刊行された。…

【ロマン主義】より

… その他の国々では,ロマン主義は多くの場合国家統一へと向かうナショナリズムの進展と並行し,国民的な意識の高揚を目ざす国民文学運動として展開された。例えば,イタリアではリソルジメントと呼応しマンゾーニやレオパルディが文学運動を推進し,あるいはロシアではプーシキンやレールモントフらが,フランス文学の影響を排してロシア固有の文学の創造を目ざす国民文学運動としてのロマン主義を展開した。 この汎ヨーロッパ的な文芸運動も19世紀中ごろにはほぼ終わり,リアリズム等の旗印のもとに各国の社会状況に即した文芸思潮が登場した。…

※「レオパルディ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

レオパルディの関連キーワードアドリア海アドリアノープルイタリア半島イタリアンスタリグラードプーリアアドリア海襲撃指令アドリア海の復讐アドリアーナ・ルクヴルールポー[川]

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

レオパルディの関連情報