古代ギリシア随一の女流詩人。前600年ころ,レスボス島の都ミュティレネの貴族スカマンドロニュモスを父に,クレイスを母に生まれ,長じて詩人としての令名高まり,彼女のもとにはレスボス島はもとより遠くイオニアの諸都市からの子女が訪れて音楽や詩芸の術を授かっていた,と伝えられる。レスボス島は当時政情不安であったために,サッフォーの家族も一時シチリア島に亡命を余儀なくされたと伝えられる。しかし,彼女自身の生涯については,カラクソス,ラリコスらの3人の兄弟がいたこと,クレイスという名の〈黄金の花〉のような娘がいたこと以外には,詳細は不明である。
サッフォーの詩は長短各種のアイオリス風詩型を用いて,愛の女神アフロディテや結婚の女神ヘラなど諸神への祭祀・祈禱の詩,求愛・離別・惜別などの個人的情緒を歌ったもの,恋する魂の孤独な苦悩を訴える歌,また花嫁・花聟をたたえる祝婚の歌など,いずれも若い女性の体験をもとに歌いだされたもので,その中にはサッフォー自身の恋や別離を歌っているものも少なくない。レスボス島の独特の方言によるこれらの詩は,直截簡潔でしかも洗練された措辞によって,かぐわしい花冠を髪に結んだ優雅な乙女らの姿を賛美・憧憬の対象としているが,中には驚くばかりに大胆な同性間の愛欲や欲情充足の表現も含まれている(女性の同性愛をサッフィズムとか,その故地にちなんでレズビアニズムというのはこれに由来する)。数多い古代ギリシアの詩人の中でも,恋する女の魂の深奥のなぞを,彼女ほど透明な言葉で表出しているものはほかにいない。
サッフォーの詩は前2世紀ごろアレクサンドリアの学者たちによって編集校訂され,内容にかかわりなく詩型別の9巻の詩集にまとめられた。ローマの詩人カトゥルスやホラティウスらによって翻訳されたり,その詩型がラテン詩に取り入れられるなど,ローマの詩風に対するサッフォーの影響はめざましいものがあったが,原作は一,二の作品以外ことごとく散逸した。ただし20世紀になってエジプトのパピルス文書から数百片の詞章断片が発見されるに及び,サッフォーの言語,措辞,詩法や詩の特色が著しく明らかになってきている。
執筆者:久保 正彰
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古代ギリシア第一の女流詩人。エーゲ海のレスボス島の貴族の家に生まれた。当時の政情不安を避けて一時はシチリア島に住んだが、生涯の大部分はレスボス島のミティレネで過ごした。同島の方言であるアイオリス方言で詩をつくった。しばしば「美しきサッフォー」と形容されているが、醜い女とする伝もあった。いずれにしても、美の女神アフロディテにも比すべき美人、と理想化した姿で伝えられてきた。結婚してクレイスという娘をもったが、夫の死後、少女たちを集めて音楽や詩を教え、文学を愛する女性のグループの中心として活躍した。詩人アルカイオスとほぼ同時代で、互いに詩を交わしている。サッフォーは多作な詩人で、その作品はアレクサンドリア時代には、韻律によって9巻に分類されていた。第1巻には1320行が収められていたから、これから判断すると、全作品は膨大な量になる。そのうち現在まで完全な形で伝わるのは2編だけで、他はすべて引用や断片にすぎず、総計約700行。1900年には、エジプトで発見されたパピルスから相当量の断片が追加されている。
サッフォーの作品は、日常話している方言で書かれ、叙情詩、挽歌(ばんか)、恋歌、祝婚歌など、いずれも率直で簡明正確な表現で個人的内容を歌ったものであるが、それでいて、その美しさと力強さはあらゆる人々の心を打つものがあり、後世まで長く愛好された。ギリシアでは、彼女を10番目の詩女神(ムーサ)ともたたえて、ホメロスと並んで詩人の代表と考えていた。彼女は種々の詩形や韻律を駆使したが、なかでも、長い3行と短い1行とからなる、いわゆる「サッフォーふう四行詩」は、ローマの詩人カトゥルスやホラティウスにも用いられた。
[大竹敏雄]
『呉茂一訳『ギリシア抒情詩選』(岩波文庫)』
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前612頃~?
ギリシアの女流抒情詩人。レスボス島に生まれ,幼時追放されてシチリアにおもむいたことがあるが,帰国後は宗教団体の中心となって若い女たちと生活をともにし,彼女たちへの想いを詩にうたった。現存する作品は2編を除きすべて断片であるが,感情の微妙な動きをとらえて,今日なお読む人の心を打つ。
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…デビュー作は26歳のとき発表した運命悲劇《祖先の女》(1817)であった。劇作家として不動の地位を築いた名作《サッフォー》(1818),三部作《金羊皮》(1821),《海の波,恋の波》(1831)は古代ギリシアに材をとり,卓越した心理描写は近代的な陰影に富む。ハプスブルク王朝成立を主題とする歴史劇の傑作《オトカル王の幸福と最期》(1825)は,当初検閲による没収の憂き目にあった。…
… 前7~前5世紀の諸都市における神々の祭祀や市民たちの冠婚葬祭の場もまた,各種の抒情詩文学の興隆と開花を促した。スパルタのアルクマンはアルテミス女神をことほぐ乙女たちの歌を,シチリア島ヒメラの詩人ステシコロスは抒情詩の形による叙事物語を,レスボス島の女流詩人サッフォーは情熱的な恋の歌を,おのおの地方色の濃い題材と方言とを織り交ぜながら歌っている。この時代の抒情詩文学においては,時と場所が課する要請と,歌い手の詩人自身の個性とが不可分の一体を成している場合も多く,アルカイオスのように政治と自分と酒の歌とが一つに歌われているものもある。…
…これら英雄や神々の物語とは別に,庶民の日常生活に根ざしたヘシオドス(前700ごろ)の《農と暦》や,神話伝説を整理した《神統記》もある。抒情詩を代表するのはアルカイオスと女流詩人サッフォー(ともに前7世紀)で,ついでアナクレオンが出るが,いずれも古くから伝わる独唱歌の様式を踏んでいる。他方,合唱歌の作者としてはシモニデス,ピンダロス(ともに前6世紀から前5世紀)があり,これは公式行事や祭儀で歌われた。…
…同性を性愛の対象とすることと定義できる同性愛は,そのイメージを20世紀において大きく変えた。同性愛はすぐれて20世紀的現象であり,人類の歴史において20世紀ほど同性愛者差別問題が激化し,また解放が強く叫ばれた時代はない。そして20世紀末,同性愛者に対する偏見は弱まりつつある。アメリカ精神医学会発行の《精神障害の診断と分類の手引》は1980年版以降,同性愛を削除し,WHO(国連世界保健機構)編纂の《国際疾病分類》も1992年版以降,同性愛を削除した。…
…両市の抗争後,前者が全島を統一して首都となった。王政,寡頭政を経て前6世紀,古代の七賢人の一人ピッタコスの僭主政のもとで経済的,文化的に繁栄し,詩人アルカイオスと女流詩人サッフォーを生んだ。前5世紀デロス同盟に加盟したが,前428年アテナイから離反して厳しい処罰を受けた。…
※「サッフォー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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