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レーガン Reagan, Ronald Wilson

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レーガン
Reagan, Ronald Wilson

[生]1911.2.6. イリノイ,タンピコ
[没]2004.6.5. ロサンゼルス
アメリカの俳優,政治家。第 40代大統領 (在任 1981~89) 。ユリーカ大学卒業。 1937~66年俳優として活躍。その間 1942~45年空軍大尉。 1966~74年カリフォルニア州知事を務め,共和党内保守派の有力政治家となった。 1976年の大統領選挙戦では共和党全国大会で G.フォード大統領に敗れたが,1980年には共和党大統領候補に指名され,カーター (民主党) ,アンダーソン (無所属) 両候補に圧勝し大統領に選ばれた。「強いアメリカ」を前面に出し,ソ連を圧倒することで国民的人気を得た。 1984年再選を果たしたあとはソ連との対話を重視,M.S.ゴルバチョフと4度の首脳会談を行なった。東西の緊張緩和をもたらした反面,国内では財政赤字の問題をかかえたまま,1989年大統領を辞任。 D.アイゼンハワー以来2期8年の任期を満了した2人目の大統領。

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デジタル大辞泉の解説

レーガン(Ronald Reagan)

[1911~2004]米国の政治家、俳優。第40代大統領。在任1981~1989。映画俳優から政界に入り、カリフォルニア州知事を経て共和党から大統領に当選。強硬な保守派として「強いアメリカ」の再生を唱え、財政支出削減・大幅減税・軍備増強などの政策を推進した。→ブッシュ

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百科事典マイペディアの解説

レーガン

米国の政治家。映画俳優として1937年デビュー。第2次大戦後政界に転じ,1966年カリフォルニア州知事。共和党タカ派として台頭し,1980年の大統領選挙に当選,翌年1月就任して,以後1989年まで2期在任。
→関連項目SDIカーターサプライサイド経済学新自由主義小さな政府中距離核戦力全廃条約ブッシュプラザ合意

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世界大百科事典 第2版の解説

レーガン【Ronald Wilson Reagan】

1911‐2004
アメリカ合衆国第40代大統領。在任1981‐89年。イリノイ州出身。地元のユーレカ大学卒業後,ラジオのスポーツ・キャスターを経て,1937年から映画俳優となり,約50本の映画に出演した。戦後,映画俳優組合の委員長を務め,民主党左派に属していたが,次第に保守化し,64年の大統領選挙では,共和党のゴールドウォーター候補の支持演説で注目された。66年から75年までカリフォルニア州知事を務めた後,80年の選挙で大統領に選出され,84年の選挙でも再選された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レーガン
れーがん
Ronald Wilson Reagan
(1911―2004)

アメリカ合衆国第40代大統領(在任1981~1989)。イリノイ州タンピコに靴セールスマンの次男として生まれる。同州ユーレカ大学を卒業後、地方局のスポーツ・アナウンサーとなる。1937年ハリウッド入りし、約50本に主役を演じたが「B級映画のエロール・フリン」(エロール・フリンErrol Flynnは1940年代に活躍した美男活劇スター)といわれ、わずかな代表作に『キングズ・ロウ』(1941)がある。民主党支持で大統領F・D・ルーズベルトを尊敬したが、1947年から計8年間映画俳優協会会長を務め、映画界の赤狩りに協力するなかで右傾化し、さらにゼネラル・エレクトリック社と契約、テレビ出演と全国講演により資本主義の福音(ふくいん)を説き、1962年には共和党員となる。演説と演技に優れ、1964年の大統領選でゴールドウォーター候補への応援演説が評判となり、2年後にカリフォルニア州知事に当選。1970年に再選され、州財政を黒字に変えた。1976年には現職の大統領フォードと共和党の指名を争って惜敗したが、1980年の大統領選ではイラン人質事件が象徴する国威の低落に不満な国民の支持を得て、現職の大統領カーターを大差で破り当選した。「強くて豊かなアメリカ」をスローガンに、対ソ強硬路線を唱え軍備を拡大する一方で、社会福祉支出を抑制し、諸規制緩和と大幅な減税を行うなど「レーガン革命」を成し遂げ1984年の大統領選では民主党候補の前副大統領モンデールWalter Mondale(1928― )を破って再選された。
 しかし「レーガノミックス」とよばれる一連の経済政策は国家財政の大赤字を招き、さらに国際収支の逆調でアメリカは「双子の赤字」に苦しみ、1985年には債務国に転落した。国威発揚のため、レバノン出兵、リビア爆撃、グレナダ侵攻、またニカラグアの反政府勢力(コントラ)を支持するなど強硬策を連発して、第三世界の不信を招くことになった。
 史上最高齢の大統領でありながら、暗殺未遂事件による重傷と癌(がん)の手術を乗り越え、その人柄で国民の支持をつなぎ留めたが、1986年10月、直属の部下がイランに武器を秘密売却、その代金をコントラ勢力に横流ししていた事実が発覚(イラン・コントラ事件)、管理能力と責任を議会から問われた。本来ならば弾劾に値する失政といわれたが、共和党多数の議会に救われた。名誉回復をねらって1987年末、当時のソ連書記長ゴルバチョフとの間で中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)を調印、さらに戦略核兵器の半減を目ざしたが、一方でSDI(戦略防衛構想=スターウォーズ)の実現にも執着した。この間の一般軍拡競争によってソ連経済を弱体化させ、のちのソ連解体と冷戦終結に至る路線をつくりあげたともいえる。1989年任期満了により辞任。1994年には自らアルツハイマー病であることを公表した。[袖井林二郎]
『尾崎浩訳『わがアメリカンドリーム――レーガン回想録』(1993・読売新聞社) ▽仲晃著『レーガンのアメリカ』(1980・日刊工業新聞社)』

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世界大百科事典内のレーガンの言及

【アメリカ合衆国】より

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