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中距離核戦力全廃条約 ちゅうきょりかくせんりょくぜんぱいじょうやく Intermediate-range Nuclear Force Treaty

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中距離核戦力全廃条約
ちゅうきょりかくせんりょくぜんぱいじょうやく
Intermediate-range Nuclear Force Treaty

米ソの地上発射方式の中距離核戦力 INFを全廃するための条約。 1981年 11月に交渉開始,87年 12月8日調印,88年6月1日発効。本文 17条のほか,2議定書および了解覚え書から成る。

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デジタル大辞泉の解説

ちゅうきょりかくせんりょくぜんぱい‐じょうやく〔‐デウヤク〕【中距離核戦力全廃条約】

射程500~5500キロの中距離核戦力(INF)を全面的に禁止する、米国とロシア(締結時はソ連)の間の条約。1987年の両国首脳会談で署名され、翌1988年発効。ソ連崩壊後はロシアが継承。核兵器の削減を決めた初めての条約で、これにより地上配備の中距離核ミサイルが欧州から撤去された。同条約は世界全域でのINFの生産・実験・保有を将来にわたって禁止している。INF全廃条約

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百科事典マイペディアの解説

中距離核戦力全廃条約【ちゅうきょりかくせんりょくぜんぱいじょうやく】

INF全廃条約ともいう。米ソ両国の中距離核戦力(射程500〜5500kmの核ミサイル)を全廃し,恒久的に放棄することを決めた条約。米ソが初めて核兵器削限に同意した条約である。
→関連項目INF

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大辞林 第三版の解説

ちゅうきょりかくせんりょくぜんぱいじょうやく【中距離核戦力全廃条約】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中距離核戦力全廃条約
ちゅうきょりかくせんりょくぜんぱいじょうやく
Intermediate Nuclear Force Treaty

アメリカとソ連(当時)が1981年11月に交渉を開始し、1987年11月8日に署名した条約で、射程500~5500キロメートルの中距離核戦力(INF)を世界的に禁止している。INFの規制問題は、もともとソ連が1977年より旧型のSS-4、-5ミサイルに替えて個別誘導可能な3弾頭(MIRV)を搭載し、命中精度も優れたSS-20を配備したことに端を発した。西欧諸国は、戦略兵器制限交渉SALT)などで米ソの戦略核戦力の均衡がとれている条件下では、主として西欧を標的とする(アメリカまでは到達しない)SS-20の配備はアメリカの対欧州拡大抑止(核の傘)の信頼性を著しく損なうとして不安を募らせたからである。西側はNATOで対応策を検討したが、その結果が1979年12月のNATO理事会における二重決定であった。これは西欧に配備されているアメリカの中距離戦力の近代化更新準備とソ連との交渉を同時に進めるというものであった。
 本格的な米ソ交渉は1981年に誕生したレーガン政権の下で始まったが、当初はレーガン政権が従来の軍備管理交渉方式そのものに懐疑的であったこともあって進展がみられなかった。西側が米国の新INF(パーシング、地上発射巡航ミサイル〔GLCM〕)の配備期限としていた1983年末に至り、アメリカが西欧諸国に新INFの配備を開始すると、ソ連は退席し交渉は中断された。交渉が再開されたのは、1985年ソ連にゴルバチョフ書記長が登場してからであった。ソ連が「絶望的」と認めるほどに停滞した国内経済の改革と建て直しに乗り出し、そのために平穏な国際環境を欲し、また軍備の負担を軽減する努力を始めたことが最大の促進要因となった。INF交渉は、1985年に戦略兵器削限交渉(START)、宇宙兵器(おもにアメリカの戦略防衛構想=SDI)規制交渉を相互に関連させる包括軍縮交渉の一環として再開されたため、当初はソ連のSDI反対と絡み進展が危ぶまれた。しかし結局ソ連が他の交渉との切り離しに応じるなど妥協に動き、1987年11月の署名にこぎつけた。
 この条約は、アメリカが866基、ソ連が1752基保有していた地上配備(航空機搭載、海上・海中発射ミサイルは対象外)の中距離(射程1000~5500キロメートル)、準中距離ミサイル(射程500~1000キロメートル)、同発射基、支援構築物・施設を廃棄対象とし(弾頭は対象外)、これらを欧州だけでなく世界的に、また将来の生産、実験、保有も禁止した。特定カテゴリーの兵器ではあるが、これを全面的に禁止した軍縮条約という性格は、「冷戦の終結の始まり」を象徴するものであった。加えて条約順守を確保するための詳細な検証規定が設けられた点もこの条約のもう一つの特徴である。とりわけソ連が初めて現地査察を受け入れたことは、ゴルバチョフ書記長の「新思考外交」が誠実なものであることを西側に認識させ、冷戦終結に大きな弾みをつけた。査察は申告データ、施設閉鎖、規定実行などの確認のほか、ミサイルの生産施設の出口・入口、現地での廃棄などについて行われる厳密なものであった(申告施設に限られる)。規定どおり発効から3年間で廃棄は履行されたが、その後も秘密裏のミサイル製造が行われていないことを確実にするために専門家の査察チームの交換が続き、米ソ(現ロシア)の信頼醸成に大きな役割を果たした。その後、ソ連の崩壊により、その核戦力はロシアが継承し、中距離核戦力全廃条約は米ロ間の条約となった。2007年10月ロシアのプーチン大統領は、この条約からの脱退をほのめかす発言をした。これには、東欧諸国の相次ぐNATO加盟問題や、中国における中距離核ミサイル開発が背景にあるとみられている。[納家政嗣]

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