アメリカとソ連が1981年11月に交渉を開始し、1987年11月8日に署名した条約で、射程500~5500キロメートルの中距離核戦力(INF)を世界的に禁止している。1988年6月発効。INFの規制問題は、もともとソ連が1976年より旧型のSS‐4、SS‐5ミサイルに替えて個別誘導可能な3弾頭(MIRV)を搭載し、命中精度も優れたSS‐20を配備したことに端を発した。西欧諸国は、戦略兵器制限交渉(SALT(ソルト))などで米ソの戦略核戦力が均衡している条件下では、主として西欧を標的とする(アメリカまでは到達しない)SS‐20の配備は、戦略的に米欧を切り離し(デカップリング)、アメリカの対欧州拡大抑止(核の傘)の信頼性を著しく損なうとして不安を募らせたからである。西側はNATO(ナトー)(北大西洋条約機構)で対応策を検討したが、その結果が1979年12月のNATO理事会における「二重決定」であった。これは西欧に配備されているアメリカの中距離核戦力の近代化更新の準備とソ連との交渉を同時に進めるというものであった。
本格的な米ソ交渉は1981年に誕生したレーガン政権のもとで始まったが、当初はレーガン政権が従来の軍備管理交渉そのものに懐疑的であったこともあって進展がみられなかった。西側は1983年末までに合意が得られなければアメリカの新INF(パーシングⅡ、地上発射巡航ミサイル〔GLCM〕)を配備するとしていたが、アメリカが実際に配備を開始すると、ソ連は退席し交渉は中断された。交渉が再開されたのは、1985年ソ連にゴルバチョフ書記長が登場してからであった。ソ連が自ら「絶望的」と認めるほどに停滞した国内経済の改革と立て直しに乗り出し、そのために平穏な国際環境を欲したこと、また軍備の負担を軽減する努力を始めたことが促進要因であった。INF交渉は、1985年に戦略兵器削限交渉(START(スタート))、宇宙兵器(おもにアメリカの戦略防衛構想=SDI)規制交渉とともに包括軍縮交渉の一環として再開されたが、当初はソ連の厳しいSDI反対と絡み進展が危ぶまれた。しかし結局ソ連がINF問題を他の交渉と切り離す妥協に動き、1987年11月の署名にこぎ着けた。
この条約は、アメリカが866基、ソ連が1752基保有していた地上配備(航空機搭載、海上・海中発射ミサイルは対象外)の中距離(射程1000~5500キロメートル)、準中距離ミサイル(射程500~1000キロメートル)、同発射基、支援構築物・施設を廃棄対象とし(弾頭は対象外)、これらを欧州だけでなく世界的に、また将来の生産、実験、保有も禁止した。特定カテゴリーの兵器ではあるが、これを全面的に禁止した軍縮条約という性格は、「冷戦の終結の始まり」を象徴するものであった。加えて条約遵守を確保するための詳細な検証規定が設けられた点もこの条約のもう一つの特徴である。検証体制は後の米ソの第一次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)の制度的基礎となった。とりわけソ連が初めて現地査察を受け入れたことは、ゴルバチョフ書記長の「新思考外交」が誠実なものであることを西側に印象づけ、冷戦終結に向けて大きな弾みとなった。査察は申告データ、施設閉鎖、規定実行などの確認のほか、ミサイルの生産施設の出口・入口、現地での廃棄などについて行われる厳密なものであった(申告施設に限られる)。規定どおり発効から3年間で廃棄は履行されたが(双方で2692基廃棄)、その後も秘密裏のミサイル製造が行われていないことを確実にするために専門家の査察チームの交換が続き、米ソ(現、ロシア)の信頼醸成に大きな役割を果たした(ソ連崩壊に伴い、ソ連側の条約継承国は1994年ロシア、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンに拡大)。
2000年代に入りロシアはINF開発に動くようになった。背景にはNATOが中東欧、バルカン諸国に拡大したこと、またアメリカが核不拡散対応という名目でミサイル防衛を増強しポーランド、ルーマニアにまで配備したことなどから、ロシアが脅威感を募らせたことがあった。ロシアは地上発射の巡航ミサイル9M729(NATO名称SSC8)の配備を開始したが、アメリカは射程が2500キロメートル程度あるとみて2014年以降INF条約違反を指摘した。ロシアは射程を480キロメートルと主張し、逆にアメリカのミサイル防衛システムを攻撃用に転用できるため条約違反と批判した。INFをめぐる対立は続いたが、トランプ政権(2017年発足)は2019年2月1日に一方的に条約離脱を通告、ロシアも条約義務の履行停止を発表したため、6か月後(2019年8月)に失効する。アメリカのこの時期の条約破棄は、ロシアの新INFの脅威への対応に加えて、台頭する中国の核戦力が条約に縛られることなく増強される状況を放置できなくなったためとみられる(アメリカ国防総省は中国核戦力の95%がINFタイプとする)。実はロシアも2007年に条約外の中国のINF増強を指摘して、INF条約の破棄を示唆したことがあった。こうして性格の異なる三つの核大国が鼎立(ていりつ)する状況では、安定した核抑止・軍備管理体制の構築は至難であり、冷戦後の新しい力の構造のもとで政治的安定の模索が始まったといえる。
[納家政嗣 2019年7月19日]
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米ソが中距離核戦力(intermediate nuclear forces, INF)を廃棄することに合意した条約。1970年代半ばからのソ連の中距離核ミサイルの配備に端を発し,81年に交渉開始,一時中断をへて85年に交渉再開。87年に米ソが調印し88年発効。対象となったINFは段階的に91年までに廃棄された。具体的な核兵器廃棄に結びついた点が評価されている。
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