ロロ(英語表記)Rollo; Rolf; Hrolf

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロロ
Rollo; Rolf; Hrolf

[生]860頃
[没]933
初代ノルマンディー公。ノルウェーのノルマン人の一部族の首領。 890年頃から 910年にかけて北フランスの沿岸部に侵入,さらにセーヌ河口地帯を占領し,パリを包囲したため,西フランク王シャルル3世 (単純王) は 911年頃サンクレール・シュル・エプト条約を結び,ロロに占領地を封土として与え,ノルマンディー公とした。このことからこの周辺をノルマンディー地方と呼ぶにいたった。のちに名をロベールと改め,キリスト教に改宗し,近隣を征服し領土を拡大した。

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デジタル大辞泉の解説

ロロ(Rollo)

[860ころ~933]ノルウェーのバイキングの首領。北フランス沿岸に侵攻し、911年、西フランク王シャルル3世から初代ノルマンディー公に封じられた。以後キリスト教に帰依して定着した。

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百科事典マイペディアの解説

ロロ

ノルマンディー公国の建設者。ノルマン人の一部族の首長で,故国ノルウェーより北フランスに移動し,911年西フランク国王シャルル3世よりノルマンディーを封土として受けた。

ロロ

イ(彝)族

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世界大百科事典 第2版の解説

ロロ【Rollo】

?‐931
初代ノルマンディー公。13世紀の史家スノッリ・ストゥルルソンによればノルウェー北西部の豪族の息子。バルト海へのバキング遠征の帰途オスロ付近で略奪をなし,ハーラル1世によってノルウェーから追放される。アイルランドを経て北フランスへ赴き,主としてデンマーク人からなるセーヌ・バイキングの首領となる。西フランク王国のシャルル単純王の申入れをうけて,彼らの居住する地域を封土として与えられるかわりに封臣となる(サン・クレール・シュル・エプト協約)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロロ
ろろ
Rollo (Rollon)
(860―933)

初代ノルマンディー公(在位911~927)。ルーアン伯ともいわれる。ノルウェーのバイキングの一首領。イギリス、フリースラント、北フランスの北海沿岸一帯を荒らし回り、ついでセーヌ川の河口地帯に向かい、890年にバイユー伯領に遠征、同伯の娘と結婚。翌年リジューを略奪、さらにその翌年にはパリを攻囲し、ついでルーアンに定着した。ここにおいて、西フランク王シャルル3世(単純王)は、ロロとの間に、ノルマン人によって占領されていたネウストリアの一部(東ノルマンディー)を与えるかわり、以後ロロが略奪を行わない旨の条約を取り決めた(911)。その後ロロは、征服によって領土を広げ、922年には中部ノルマンディーをロベール家のフランス王ラウールから手に入れ、公領の基礎を固めた。彼の人となりも、その生涯も謎(なぞ)に満ち、諸説が入り乱れている。[井上泰男]

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世界大百科事典内のロロの言及

【ノルマン人】より

…(2)デンマーク系を中心とするバイキングの一グループは9世紀初めからセーヌ川下流地方を根拠地としていたが,9世紀末になるとライン河口地帯およびイングランドから敗退したバイキングをも吸収した。911年西フランクのシャルル3世単純王は,これらセーヌ・バイキングの首領ロロとの間に,彼らが現実に居住している地域を封土として与えるかわりに,シャルルを王としてその臣下となる封建的主従契約を結んだ。これ以後セーヌ川下流地方は〈ノルマン人の国〉すなわちノルマンディーと呼ばれ,ロロとその後継者はノルマンディー公となる。…

※「ロロ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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