日本大百科全書(ニッポニカ) 「イ族」の意味・わかりやすい解説
イ族
いぞく
Yi
中国の少数民族。中華人民共和国での公称はイ(彝)族。かつては中国国内で「ロロ()」Lolosとよばれ、20世紀前半の欧文ではこの名称が広く用いられた。中国では四川(しせん)省南部、貴州省西部、雲南省、広西チワン族自治区西端がおもな居住地域である。さらにベトナムおよびラオスの北部、中国・ミャンマー(ビルマ)国境にかけても居住するといわれる。チベット・ビルマ語系の民族。中国領内の人口は、2010年で871万4393。各種の自称名をもつ下位集団に分かれ、四川や雲南の大小涼山地域などの黒彝系とされる「ノス」、白彝系とされる「ロロポ」、雲南省昆明の西南地域の「サニ」などの名称が知られている。インドシナへは雲南から徐々に南下したとみられ、そこでは周辺諸民族の文化の影響を強く受けているといわれる。
かつては焼畑耕作も行っていたが、現在は涼山などの寒冷地帯では常畑でソバ、ジャガイモ、麦類、豆類を栽培し、平地では水稲耕作を主体として小麦やトウモロコシも生産する。山岳部では羊などの牧畜も重要である。居住地域間の環境差が大きく、したがって生業形態上の変異も大きい。涼山地域のイ族は固有の文化を多く維持し、かつては黒彝とよばれる支配者層と白彝以下の三つの隷属階層からなる社会構造をもっていたことで名高い。黒彝は父子連名制に基づく系譜をもち、外婚単位の「家支」とよばれる父系クラン(氏族)に分かれていた。白彝との通婚はなかった。ここでは古くから火葬の習慣もある。イ族は独特な表音文字を発達させたことでも知られている。「ビモ」とよばれる宗教的職能者がそれを用いて儀礼経典を記すほか、種族の歴史や文芸も文字化されている。
[横山廣子]
『馬寅編、君島久子監訳『概説中国の少数民族』(1987・三省堂)』