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ワグネル Wagner, Gottfried

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワグネル
Wagner, Gottfried

[生]1831. ハノーフェル
[没]1892.11.8. 東京
ドイツの来日技師。ゲッティンゲン大学卒業。スイスの工学校教師を失職後,明治1 (1868) 年3月,アメリカ商会の依頼で技術工業家として来日。佐賀藩,次いで同4年南校,東校 (のちの東京大学理学部) に雇われ,物理,化学を教授。 1873年,ウィーン万国博覧会に参加した日本政府の産業技術指導にあたり,ウィーンに出張。 74年帰日し,東京開成学校教師のかたわら,内務省勧業寮顧問となり,官営主義から民営保護主義への政策転換を建言し,もっぱら日本の産業発達に貢献した。勲三等に叙せられた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ワグネル Wagner, Gottfried

1831-1892 ドイツの化学者。
1831年7月5日生まれ。明治元年来日,3年肥前佐賀藩の有田で製陶を指導。のち東京大学,東京職工学校(東京工業大の前身)などでおしえ,みずから陶器(旭焼)を製造した。その間ウィーン(1873),フィラデルフィア(1876)の万国博覧会で日本政府の顧問をつとめ,工芸美術品の海外紹介に尽力した。明治25年11月8日東京で死去。61歳。ハノーバー出身。ゲッティンゲン大卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワグネル
わぐねる
Gottfried Wagener
(1831―1892)

明治初期の外国人教師。ドイツのハノーバーに生まれる。ゲッティンゲン大学でガウスに学び、1852年数学論文で博士号を得る。その後パリで文学や化学を学び、スイスの工業学校で数学教師を務めたのち、故国で溶鉱炉設置、パリで化学工場建設を試みるが成功せず、上海(シャンハイ)のアメリカ商会主任からせっけん工場建設を依頼され、1868年(明治1)長崎にきた。1870年有田で製陶近代化を指導。1871年大学南校、1872年東校の講師、同年ウィーン万国博覧会の欧日両政府顧問を務めた。徒弟教育でなく、近代的中等技術教育機関の設置を政府に進言し、1874年日本初の文部省工業教育機関である東京開成学校製作学教場の設置を実現させた。内務省、農商務省でも技術指導をした。1878年京都府の医学校や舎密(せいみ)局で教え、1881年東京大学理学部教師(製造化学)、1884年東京職工学校(東京工業大学の前身)教師となり、自らも純日本風改良陶器旭焼を創製した。日本の伝統工芸の紹介と西欧近代技術の日本人による習得に努力した功は大きい。日本で死去し、墓は東京・青山墓地に、記念碑は京都・岡崎公園と東京工大構内にある。[道家達將]
『道家達將著「G・ワグネル」(『蔵前工業会誌』832号所収・1988・蔵前工業会)』

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367日誕生日大事典の解説

ワグネル

生年月日:1831年7月5日
ドイツの化学者,工芸家
1892年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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