ガウス(読み)がうす(英語表記)Karl Friedrich Gauss

デジタル大辞泉 「ガウス」の意味・読み・例文・類語

ガウス(gauss)

CGS単位系磁束密度の単位。1ガウスは1平方センチメートルの面積を通る磁束が1マクスウエルのときの磁束密度で、1万分の1テスラK=F=ガウスの名にちなむ。記号G

ガウス(Karl Friedrich Gauss)

[1777~1855]ドイツの数学者・天文学者正十七角形の作図の可能性の証明、最小自乗法の発見、準惑星ケレスの軌道の算出、曲面の研究など、純粋数学のほか、電磁気学にも多くの業績を残した。著「整数論」など。

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精選版 日本国語大辞典 「ガウス」の意味・読み・例文・類語

ガウス

  1. ( Karl Friedrich Gauss カール=フリードリヒ━ ) ドイツの数学者。代数学の基本定理を証明し、一八〇一年その著「整数論研究」で整数論にはじめて完全な体系を与えた。また、応用数学の分野において天文学、測地学、電磁気学にも大きな業績を残した。(一七七七‐一八五五

ガウス

  1. 〘 名詞 〙 ( gauss ) 磁束(磁気感応)密度のCGS単位。一ガウスは一平方センチメートルの面積を通る磁束密度で、一万分の一テスラ。ドイツの数学者ガウスにちなんで名づけられた。記号G

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ガウス」の意味・わかりやすい解説

ガウス(Karl Friedrich Gauss)
がうす
Karl Friedrich Gauss
(1777―1855)

ドイツの数学者。ブラウンシュワイクに生まれる。家は貧しかったが、幼時より数学、語学などに並はずれた才能を示す神童であった。教育施設の比較的良好であったブラウンシュワイク公国で、教師にも恵まれ、14歳のときに領主フェルディナンド公爵(1735―1806)の前で行った暗算の妙技は、公爵の心をとらえ、公爵が没するまでその手厚い庇護(ひご)を受けることになった。15歳でカロリナ高等学校に入学。17歳のとき購入したニュートンの『プリンキピア』でニュートン力学をマスターしたものと思われる。高校時代、そのすばらしい計算能力によって、数に関する数多くの性質を自力で次々と発見していた。

 1795年10月、待望のゲッティンゲン大学に入学した。完備した大学の図書館で文献を調べてみると、彼の発見した事実の多くは、すでにオイラーラグランジュ、ルジャンドルらには既知のものであることがわかり、心穏やかではなかったが、一方、これら先哲の考えを上回る諸発見もあり、大いに力を得た。研究を続けるうち、1796年3月29日の朝、次のような新事実を発見した。

 「方程式xp-1=0の虚根は、pがp=2m+1(m=2k)の形の素数ならば、平方根だけが混ざっている有理式で表せる。すなわち幾何学的に言い表すと、pがこの形ならば、正p角形は定規(じょうぎ)とコンパスだけの使用で作図可能である。とくにk=2ならばp=17となり、したがって正十七角形は作図可能である。」
 これはユークリッド以来2000年間、だれもが夢想だにしなかった素人(しろうと)うけのする新発見であった。実は、この定理を含む整数の組織的な研究が彼の本領であって、これは1801年の夏、画期的な『整数論』Disquisitiones arithmeticaeとして出版され、整数論の古典となった。

 1801年元日、イタリアのピアッツィは、火星と木星の間を浮遊する小天体(のちにケレスと命名された小惑星の第一号)を発見したが、わずかの観測ののち姿を消し、天文学者の努力にもかかわらず所在不明となった。これを知ったガウスは、自分の案出した新計算法によって軌道を算出したが、同年の12月7日、予測どおりの位置にその小天体が再発見され、一躍天文学でも名声を博した。このときの理論は『天体運動論』(1809)として発表されている。このような業績によって、1807年、ゲッティンゲン大学の教授および天文台長として招かれた。これより先、大学時代に親友だったボヤイ・ファルカス(非ユークリッド幾何発見者の一人ボヤイ・ヤノスの父)からの影響で、ユークリッド幾何の平行線問題に深く関心をもつようになり、1816年ごろには「非ユークリッド幾何」(ガウスが命名した呼び方)の存在を信ずるようになった。1822~1830年ごろ、たまたまガウスはハノーバー地方の測量に携わるようになったときも、実測によってこの新幾何の存在を確かめようと考えたらしく、測地学研究の副産物である名著『曲面の一般研究』にこの問題の解決法に関する考えが込められていた。この曲面論は、のちにリーマンによってn次空間にまで拡張され、A・アインシュタインの「一般相対性理論」にまで発展することになる。

 以上の著述のほか、最小二乗法、代数方程式の根(こん)の存在、超幾何級数、ポテンシャル論、電磁気学など、純粋数学だけでなく応用数学方面にも画期的な業績を残し、その後の数学の発展にきわめて大きな貢献をした。「寡なれど熟pauca sed matura」を堅持したガウスは、楕円(だえん)関数論などで時流を超えた研究を行ったが、未発表に終わったものが少なくない。これらは、未完の遺稿として貴重な研究日誌、知人への書信などとともに全13巻の全集に収められている。

[寺阪英孝]

『ダニングトン著、銀林浩・小島毅男・田中勇訳『ガウスの生涯』(1976/新装版1992・東京図書)』


ガウス(磁束密度の単位)
がうす
gauss

CGS単位系の磁束密度の単位。1平方センチメートル当り1マクスウェル、または1平方センチメートル当り1本の磁気誘導線、あるいは1万分の1テスラに等しい。Gで表す。1930年の国際電気標準会議で決められたもので、名称はドイツの数学者であり物理学者でもあるガウスの業績にちなんでいる。なお、地球の磁界は0.2~0.3ガウス程度の磁束密度である。

[小泉袈裟勝]

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改訂新版 世界大百科事典 「ガウス」の意味・わかりやすい解説

ガウス
Carl Friedrich Gauss
生没年:1777-1855

19世紀前半を代表するドイツの数学者。ブラウンシュワイクの貧しい家庭に生を受け,幼時から数計算に特異な才能を示した。ブラウンシュワイク公フェルディナントの後援を得て,1792年コレギウム・カロリヌムに進学,古典語,近代諸語を学ぶかたわら,I.ニュートン,L.オイラー,J.L.ラグランジュらの数学書に親しみ,95年には帰納的に二次の相互法則を発見した。同年秋ゲッティンゲン大学に入学。主として古典文献学,物理学に興味を示しつつ,ほぼ独力で数学を研究した。同大学の古典文献学教授。ハイネの影響もあって,当初は文献学者を目ざした。96年正十七角形の作図法を発見,98年にはゲッティンゲンを去り,翌年ヘルムシュテット大学から〈代数学の基本定理〉の証明などによって学位を得た。1801年,それまでの整数論研究を集成した画期的著作《数論研究》を刊行,新しく発見された小惑星ケレスの軌道計算の成功と相まって,数学上の名声を不動のものにした。07年,ゲッティンゲン大学天文台長のポストを供与され,これを受諾した。同大学では数学の講義も担当したが,内容はほとんど初等的なものであった。ベルリン大学開学の折には,数学教授に招請されたがこれを受けず,終生ゲッティンゲンにとどまることになった。19世紀初頭には,ボーヤイJ.やN.I.ロバチェフスキーに先立って,非ユークリッド幾何学の可能性を考え始めていたが公表は慎重に差し控えた。研究領域を純粋数学を超えて,天文学,測地学,電気・磁気学などに広げ,経験科学の分野に理論数学的問題を見いだした点にガウスの研究上の特徴が認められる。1830年代のW.ウェーバーとの実験物理学上の共同研究は著名である。ガウスはアルキメデス,ニュートンと比肩できる大数学者であったが,考案の横溢に比較して,発表には完全主義者の態度を保持し,19世紀前半のドイツ科学界で孤高の存在であった。54年,G.F.B.リーマンのゲッティンゲン大学就職講演〈幾何学の基礎をなす仮設について〉に出席し大きな印象を受けたと思われるが,それはまたガウスの時代の終焉(しゆうえん)をも刻印するものであった。
執筆者:


ガウス
gauss

磁束密度(磁気誘導)のCGS電磁単位。記号はG,Gs。1マクスウェル(Mx)の磁束が1cm2の面積を通過するときの磁束密度である。国際単位系の磁束密度の単位Tとは,1G=10⁻4Tの関係にある。真空中で磁束密度が1Gのとき,磁場の強さは1エルステッドである。また1γ=10⁻5G=10⁻9Tの関係にある。C.F.ガウスにちなんで名付けられた。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「ガウス」の意味・わかりやすい解説

ガウス

ドイツの数学者。19世紀最大の数学者といわれる。ゲッティンゲン大学を出て,1807年から同大学教授兼天文台長。1799年代数学の基本定理を証明,《数論研究》(1801年)で整数論を体系化し,超幾何級数,複素数関数論,曲面論,最小二乗法等を展開。また天体力学,測地学を研究,地磁気を観測し,W.E.ウェーバーと協力して電磁気の絶対単位系を導入,毛管現象を研究するなど,きわめて多方面な業績がある。ドイツ数学会と国際数学連合がガウス賞を創設し,2006年,伊藤清〔1915-2008〕(京都大学名誉教授)が第1回受賞。→ガウス(単位)/ガウス単位系正規分布
→関連項目アーベル数値積分デデキント

ガウス(単位)【ガウス】

磁束密度のCGS電磁単位。記号G,Gs。1cm2の面積を通過する磁束が1マクスウェルのときの磁束密度。真空中ではこのとき磁場の強さが1エルステッドになる。1ガウスは磁束密度のMKSA単位T(ウェーバー/m2,テスラ)とは1G=10(-/)4Tとの関係にある。→ガウス単位系
→関連項目ガウステスラ(単位)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ガウス」の意味・わかりやすい解説

ガウス
Gauss, Carl Friedrich

[生]1777.4.30. ブラウンシュワイク
[没]1855.2.23. ゲッティンゲン
ドイツの数学者。アルキメデス,アイザック・ニュートンと並び称される学者で,近代数学の創始者ともいわれている。幼少の頃から数学と古典語にぬきんでた才能を示し,ブラウンシュワイク公の保護のもとに勉強を続けた。 1795~98年ゲッティンゲン大学に学ぶ。 1807年ゲッティンゲン大学の天文台長兼数学教授となる。 1793~94年整数論の諸問題に取り組み,1794年に最小二乗法を発見,1801年にガウスの最大の業績といわれる『整数論考究』を発表,同年最小二乗法を駆使して準惑星ケレスの軌道計算を行ない,これを再発見した。数学,天文学以外にも,物理学,測地学など多分野にわたって業績を残した。

ガウス
Gauss, Clarence Edward

[生]1887.1.12. アメリカ,ワシントンD.C.
[没]1960.4.
アメリカの外交官。 1906年国務省に入り,07年上海領事館に勤務。その後上海,天津,アモイ,済南,奉天の領事あるいは総領事を歴任。北京公使館顧問をつとめたのち,上海総領事,オーストラリア駐在公使を経て,41年2月中国駐在大使となった。第2次世界大戦中,当初は国民政府に同情的であったが,のち批判的になり,内政改革と国内統一を主張したが,44年 11月 J.スティルウェル将軍が解任されたのを不満として大使を辞任。 45年国務省を退官した。

ガウス
gauss

磁束密度の CGS電磁単位またはガウス単位。記号はG。 MKSA単位または SI単位のテスラ (T) との関係は 1G=10-4T である。単位名は C. F.ガウスの名にちなむ。

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単位名がわかる辞典 「ガウス」の解説

ガウス【gauss】

磁束密度のCGS単位。記号は「G」または「Gs」。1Gは真空中で磁場の強さが1エルステッドのときの磁束密度。SI単位系との関係では、1Gが1万分の1テスラに相当する。◇名称は、ドイツの物理学者・数学者ガウスにちなむ。

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化学辞典 第2版 「ガウス」の解説

ガウス
ガウス
Gauss

磁束密度の c.g.s 電磁単位.1 Gauss = 10-4 T(テスラ).

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

山川 世界史小辞典 改訂新版 「ガウス」の解説

ガウス
Karl Friedrich Gauss

1777~1855

ドイツの数学者。その業績は19世紀数学のあらゆる分野に及び,特に整数論,行列式論,最小自乗法,複素数の導入,ポテンシャル函数の研究などが著名である。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

旺文社世界史事典 三訂版 「ガウス」の解説

ガウス
Karl Friedrich Gauss

1777〜1855
ドイツの数学者
整数論や曲面論,複素数の導入,小惑星の軌道計算など数学上優れた業績を残した。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

367日誕生日大事典 「ガウス」の解説

ガウス

生年月日:1887年1月12日
アメリカの外交官
1960年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のガウスの言及

【幾何学】より

…第5公準を大胆にも否定して,それを〈直線外の1点を通りその直線に平行な直線は少なくとも2本ある〉という公準におきかえた幾何学を構成したのはN.I.ロバチェフスキーとボーヤイ J.で,それは1830年ころのことであった。当時の数学界の帝王C.F.ガウスもこのような幾何学の存在を信じ,それを非ユークリッド幾何学と呼んだが,騒々しい非難を恐れて未発表にしたことが後年になってわかった。しかしながら,これらの人たちは非ユークリッド幾何学を展開しただけで,その無矛盾性を証明したわけではなかった。…

【誤差】より

…測定,理論的推定,近似計算などの結果として得られた値と真実の値との差。諸量の測定値の誤差を数学的に取り扱う誤差論は,1800年代の初めにC.F.ガウスによって始められた。その主要な内容は彼自身によって完成されたといってよいほどで,同じガウスにより創始された最小二乗法と表裏をなすものである。…

【最小二乗法】より

…19世紀の初め,C.F.ガウスが天体の運動理論を展開するにあたって,多くの観測結果にもっともよく一致するよう軌道を決定するために開拓された方法であって,応用範囲も広く,誤差論と一対をなしている。 ある未知量を測定するのに,十分注意を払っても偶発的な誤差を免れない。…

【数学】より

…18世紀にはほとんどすべての数学者が応用に携わり,功利主義的な数学観が支配していたが,19世紀には〈ギリシアへの復帰〉の機運が見られるようになったのである。 C.F.ガウスは両世紀の境界に立つ数学者である。彼はゲッティンゲン大学の天文台長となって,みずから観測にも従事して,天文学,測地学,電磁気学など数学の応用にも著しい功績があったが,それに関連して最小二乗法を数学的に基礎づけたり,曲面論,ポテンシャル論を展開するなど,純粋数学の新生面をも開いた。…

【数理統計学】より

…確率論の発展はこの推論の方法に大きな影響を与えてきた。
【数理統計学の始まり】
 C.F.ガウスとP.S.ラプラスは,すでに19世紀の初めに母数の推定法を論じている。ラプラスは,その研究において,母数の真の値θと推定値との誤差を評価するのに絶対値|θ-|の単調関数を用いた。…

【整数論】より

…このような疑問からオイラーは平方剰余の相互法則を発見した。この平方剰余の相互法則は,その後A.M.ルジャンドルによって再発見され,特別な場合の証明が与えられたが,完全な証明はC.F.ガウスが初めて与えた。またオイラーは,関数を考え,ζ(s)についていくつかの重要な性質を見いだした。…

【代数学】より

…第2はF.ビエトらによる数式表示の革命,すなわち,それまで方程式は文章で表されていたのであるが,まずドイツで+,-の記号の使用が始まり,ビエトは+,-だけでなく,未知数を母音を表す文字で,係数を子音を表す文字で表して,文字係数の一般方程式を書き始めた。一方,三次方程式のG.カルダーノの解法においては,実根を求めるのに虚数が必要になることが当時の数学者を悩ませたが,18世紀のL.オイラーらが計算に虚数を使うようになり,やがて18世紀末から19世紀にかけてC.F.ガウスが複素数の重要性を明確にとらえて,ガウス平面の利用を含めて複素数を実在の数として数学者に意識させるようにした。ガウスを含む何人かの人々により複素数の体系が確立したことは,その後の数学の発展に非常に大きい貢献をした。…

【地球物理学】より

…19世紀の末,測地学は理論的にも計測的にも早くも精密科学としての形態をととのえた。地磁気学も1600年のW.ギルバートの《磁石について》あたりから経験科学の姿をとりはじめ,19世紀の半ばには碩学C.F.ガウスによって地磁気ポテンシャルの一般理論が展開され,理論的科学としても確立した。地震学は明治の初め(19世紀末),日本で外国人科学者による地震計観測が始められて初めて近代科学となった。…

【ガウス単位系】より

…メートル法に属する単位系の一種で,CGS単位系に分類されるが,電磁気に関係のあるさまざまな量のうち,電気的な量に対してはCGS静電単位系の単位を,一方,磁気的な量に対してはCGS電磁単位系の単位を用いる単位系である。例えば,電気的な量の一つである電荷に対しては,CGS静電単位系のcm3/2g1/2s-1を用い,磁気的な量の一つである磁束密度に対してはCGS電磁単位系のcm1/2g1/2s-1(これをガウス(G)と表すこともある)を用いる。折衷的な単位系ではあるが,それなりに実用上の便宜があるので,比較的広く使われてきた。…

※「ガウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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