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ワルド派 ワルドはVaudois[フランス]

世界大百科事典 第2版の解説

ワルドは【ワルド派 Vaudois[フランス]】

中古,主として南フランスと北イタリアに展開した異端キリスト教の一派。土地によって〈リヨン貧者〉あるいは〈ロンバルディアの貧者〉とも呼ばれた。リヨンの豪商ワルドPeter Waldoが回心して家財を捨て街頭で説教したことに端を発する。1170年ごろには彼の周囲に小教団が成立していた。79年教皇庁に認可を願い出たが,84年異端と断定された。1207年分裂,穏健派が帰正して〈カトリックの貧者〉を結成,当時の有力異端カタリ派と対抗した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のワルド派の言及

【改革派教会】より

…ついでカルバンとブリンガーによって改革派の統合が行われ,主としてジュネーブが拠点となって1550年代にフランス,スコットランド,ネーデルラント(オランダ,ベルギー),ドイツ(1543年以来東フリースラント,1563年以来プファルツ選挙侯領),南ポーランド,ハンガリーに浸透した。12世紀のワルドの流れを汲む北イタリアのワルド派は1532年から改革派の一翼に加わっている。正式には〈神の言葉にしたがって改革された教会〉であるが〈改革された教会〉と略称する。…

【キリスト教】より

…12世紀初めに現れたカタリ派は東方の異端ボゴミル派の支脈であり,マニ教的な二元論的道徳に従って禁欲清浄(ギリシア語でカタロスkatharos)の生を営み,独自の教階制を立てて世俗化した教会に対抗した。またワルド派は,リヨンの富裕な商人だったワルドーが1176年の飢饉にさいして財産を貧者に与えて無一物となり,使徒的生活を人々に説いて回ったことから生まれたもので,多くの類似の運動を合わせ,時にはカタリ派をも引き込んで,ドイツ,イタリア,ハンガリーに進出した。この派は多くの説教師をかかえて長い間教会と対立しつづけ,15世紀にはフス派に合流したが消滅せず,じつにこんにちまで残っている。…

【ロンバルディアの貧者】より

…〈リヨンの貧者〉から分離し,それと区別されるイタリアのワルド派。1205年ころロンコーのヨハネスに指導され,都市の職人や小商人層に広がり,〈初期教会の様式で生活する〉宗教運動の強い影響を受ける。…

※「ワルド派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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