史料上の用語に照らしてみると,家財という語を,住居としての家に蓄えられた財産の意味に理解する場合と,日本の家族制度である“家”に伝えられる家産の意味に理解する場合とに区別しておく必要がある。前者の意味で理解する場合には,すでに平安時代のころから,史料上にその存在を発見することが困難ではない。たとえば,野盗の類がある家に侵入して,その家に蓄えられた財産を奪い取った,とある場合などがこの例にあたる。したがって,この場合の家財の内容は,あくまで動産でなければならない。
これに対して,後者のごとき家産の意味の家財とは,世代をこえて継承される存在であるから,動産も全くないわけではないが,むしろ土地(不動産)をその基本とするとみるべきであろう。その場合には,それが史料上に現れてくる時期も,もっと遅れるとみなければならない。日本の古代国家の基本法である律令法は,その土地制度の中心が班田収授制であったところからも知られるように,日本全国すべての土地を国有とし,私有を否定する立場をとっていたから,平安時代に入って,個人による事実上の土地私有の傾向が現れたのちにおいても,それを“家”の財産として意識する風潮は,なかなか現れなかった。たとえば,中世の財産法がいわゆる夫婦別産を原則とし,財産の個人財的性格を強調していたところなどに,そのはっきりとした例証を見ることができる。
もっともこの原則は,社会階層によって大きな違いがあった。たとえば,中央貴族層や地方の大豪族層の場合などでは,嫡庶の区別が早くから発達していたことともあいまって,代々の嫡子に代表される“家”の発達も顕著であったから,土地(不動産)もその重要な部分が嫡々相伝の形態で継承される“家産”的性格をもち始めるのが,かなり早かった。すなわち,こうした上流階層の場合には,一家の嫡子が,中央官庁における官職や,地方の国衙,在庁の職掌を家業として相伝する傾向をみせていたので,その官職,職掌にともなう多くの土地が,やがてその家の財産(家産)とまで認められるようになったということである。それは,およそ11世紀の中ごろであるとしてよいであろう。
これに対して,被支配階級に属する庶民(百姓クラス)の場合には,そのような“家産”意識は,鎌倉時代においてさえきわめて薄弱であった。したがって,一般庶民層の場合において,家産としての家財意識が成立するのは,早くとも南北朝時代,場合によっては,室町時代から戦国時代をまたなければならないのである。
→家 →相続
執筆者:鈴木 国弘
1852年(嘉永5)11月に江戸浅草山之宿町の店借磯吉(46歳)が妻子を引き連れ家出したさい残された家財道具は次の12点であった。〈竈1,古手桶1,古行灯1,擂鉢・擂粉木1,飯櫃1,古小桶1,畳2,小鍋1,古膳1,杓子1,火打はこ1〉。こうした家財道具の状態は江戸だけでない。大坂堀江の御池通り五丁目の借屋人たちの文化・天保期の家財道具の状態にしても同じようなもので,ほとんどが20~40点前後で,きわめて少ない。そのなかから橘屋和平の場合をみると次のとおりである。〈御神前1,釣仏壇1,三つ竈1,荒神棚1,畳2,二升鍋1,土びん1,うわ敷5,むしろ5,行灯1,膳5,菜付茶椀2,せん茶呑茶椀1,茶棚1,ほうろく1,杓1,杓子1,小桶1,手桶1,傘1,下駄2,枕2,ござ1,火むし1,挑灯1〉。橘屋の家財道具を大別すると,(1)神棚,仏壇関係,(2)台所用品,(3)畳,むしろなど,(4)傘,下駄の類,となろう。この橘屋の家財道具で気づくことは枕を除くと寝具がないことである。他の借屋人の家財道具をみても,橘屋と同じく寝具をもっていない家が多い。これは大坂に貸蒲団屋が多くあったため家々で寝具をもっていなかったのであろう。また借屋人のなかでも商人として営業している者の家財道具のなかには,営業用の商品とか商売道具が入っている。橘屋と同じ御池通り五丁目の飾屋又兵衛の家財道具63点のなかには営業用の紙製品と紙箱のほかに,そろばん,看板,のれんなどの商売道具が入っているし,同じ五丁目の酒小売渡世をしていた淡路屋八三郎の家財109点のなかには看板,のれん,酒壺,酒桶などの商売道具から植木類まで入っている。
借屋人たちとちがって,町人といわれる家持は当然不動産を所持していることになるが,家財道具も質量ともに優れたものになっていることはいうまでもない。これにくらべると全住民の7,8割を占める借屋人たちの家財道具は,商人の場合を除くと,その貧しさは否定できない。このように資産を全くもたない借屋人たちは取引上のささいな失敗や生活費の高騰などによって大きな打撃をうけ,一家離散や身代限となることが多かったのである。
執筆者:松本 四郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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