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ワレル ワレルWaller, Max

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワレル
Waller, Max

[生]1860.2.24. ブリュッセル
[没]1889.5.6. シントギリス
ベルギーの詩人。本名 Maurice Warlomont。フランス語で書く。ベルギー文芸復興の主要な作家たちを糾合し,『ラ・ジューヌ・ベルジック (若きベルギー) 』 La Jeune Belgique誌を創刊 (1881) 。死後,軽妙な味の詩集『シーベルのフルート』 La Flûte à Siebel (1891) と小説『デージー』 Daisy (1892) が公にされた。

ワレル
Wareru

[生]?
[没]1296
ビルマ,ペグー朝第1代の王 (在位 1281~96) 。タイのスコータイ朝に仕えたが,その王ラーマカムヘーンの一王女とともに出奔し,1281年パガン朝のマルタバン領主スレイマンを殺して自立した。 87年には先に自立していたペグー領主タラビャーをも殺して下ビルマからテナセリムにいたる地域を支配した。ビルマに現存する最古の成文法典『ワレル・ダンマタ (ワレルの法典) 』を編纂し,後世ビルマ法典の基礎を築いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ワレル【Wareru】

?‐1296
下ビルマで栄えたペグー朝(1287‐1539)の創始者。在位1287‐96年。成人前の名前はマガドゥー。タイではモガドと呼ばれる。タトン地方ドンウン村の出身。父はキンマ行商人の元締めをしていた。20歳のときタイのスコータイに出かけ王の象使に仕えたが,働きぶりを認められて国王の司厨長,次いで近衛隊長に抜擢された。やがて王女と恋仲となって郷里に駆落し,1231年,マルタバンのビルマ族太守アレインマを殺害してその地の支配者となった。

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