日本大百科全書(ニッポニカ) 「不均衡分析」の意味・わかりやすい解説
不均衡分析
ふきんこうぶんせき
disequilibrium analysis
市場の需要と供給とがかならずしも一致していない状態、つまり不均衡の状態にある経済を分析する理論的枠組みをいう。
通常の新古典派経済学は均衡分析である。需要曲線はDD′、供給曲線はSS′である。いま生産物価格はP0で、超過供給がabだけ存在するとする。このような不均衡が存在すると、価格は、需要と供給が一致する均衡が達成されるまでスムーズに下落する。また生産物の需要が供給を上回るときには、均衡価格P*が達成されるまで価格は上昇する。たとえ一時的に不均衡が存在しても、このような模索過程により自動的に市場均衡が達成される。均衡が達成されて、需給の一致をもたらす均衡価格のもとで初めて実際の取引が実行される。つまり、新古典派の均衡分析の立場にたてば、需給が一致しない不均衡の状態では、現実の取引はまったくなされないのである。また均衡が達成されるまで、家計や企業は生産物価格についての情報のみに従って受動的に需要量や供給量を改訂すればよい。さらに家計は生産物を欲しいだけいくらでも購入可能であり、企業は売りたいだけいくらでも販売可能であると想定されている。このようになんらの制約も受けないで計画する需要(供給)を概念的あるいは観念的需要(供給)という。
で、生産物のこれに対して、不均衡分析の考え方は、実際の取引はかならずしも均衡価格においてのみなされるのではなく、不均衡状態においても現実の取引はなされる、という認識から出発する。 のP0という価格のもとで取引が実現するとしよう。供給が需要より多いので、企業の一部は家計と取引をすることはできないことになる。
均衡価格P*が達成されるまで取引がなされないという均衡分析のもとでは、観察される取引量と価格はQ*とP*である。価格がP*に調整されない不均衡価格P0のままで取引が実現すると考える不均衡分析のもとでは、観察される取引量と価格はQ0とP0となる。このような、固定した価格のもとでは需要と供給の小さいほうに取引量が決定されるというルールを「ショートサイド原則」とよぶ。
均衡分析によると、可能な価格と取引量の組合せはただ1点、点Eのみである。不均衡分析によると、それは
の逆「く」の字型の曲線DESのように示される。また、当初Q1を生産するために予定していた労働者全員を雇用することはしない。実現した生産量Q0に必要な労働者を雇うように当初の雇用計画を縮小する方向に改訂する。生産物市場に不均衡が存在するために、労働雇用計画をもう一度やり直すという意味で、企業は二度雇用計画をしている。このような意思決定プロセスを再決定仮説(二重決定仮説)dual decision hypothesisとよび、R・W・クラウアーによって提唱された。生産物市場の不均衡を考慮に入れて再決定された労働需要を有効労働需要という。
の価格P0のもとでは、企業はQ1だけ生産したいと計画するが、需要の制約のためにその計画は実現されない。実現するのは計画量Q1のうちQ0だけである。したがって、不均衡分析は、価格は市場を清算するよう伸縮的に変化するのではなく、固定的性格をもつという立場をとる。価格の固定性を正当化する理論的な基礎づけが、不均衡分析においては必要とされる。
[内島敏之]
『花輪俊哉監修『ケインズ経済学の再評価』(1980・東洋経済新報社)』▽『根岸隆著『ケインズ経済学のミクロ理論』(1980・日本経済新聞社)』▽『R・J・バロー、H・I・グロスマン著、加藤寛孝・大住栄治訳『貨幣、雇用、およびインフレーション』(1982・マグロウヒルブック)』▽『伊藤隆敏著『不均衡の経済分析』(1985・東洋経済新報社)』▽『中込正樹著『不均衡理論と経済政策』(1985・創文社)』