今日、世界各国とも、一国経済全体で利用可能な資源(天然資源、資本および労働)と技術の制約のもとで、社会的目標(厚生)を最大にしなければならないという経済問題に直面している。このような経済問題に対して、一方で分権的市場経済をとり、他方で集権的計画経済体制を採用することによって解決を図ろうとしている。ここで、分権的、集権的というのは、意思決定を行う主体が家計や企業という多数の経済主体であるか、政府という単一の主体であるかによる区別である。そして、前者が、市場における価格機構を通じて経済問題を調整しようとするのに対して、後者は、政府による計画機構を通じて行おうとするものである。ところで、日本をはじめ先進資本主義国は、分権的市場経済を基本としつつも、それだけでは解決できない経済問題があるため、それに政府が介入して集権的計画経済的要素を導入するという混合経済体制をとっている。この政府の計画経済的役割を一般に経済政策という。
[藤野次雄]
経済政策の究極的目標は、社会的厚生を最大にすることであるが、これを実現するためには次のことが必要である。第一に、経済全体の利用可能な資源を所定の技術のもとで最大限利用し、遊休資源が存在しないこと、第二に、技術水準自体を革新して、生産可能性を拡大すること、第三に、他の経済主体(家計、企業)の経済厚生(効用、生産)を悪化させずに、ある経済主体の経済厚生をもはや改善できないようにすること、第四に、他の経済主体の経済厚生を悪化させても、ある経済主体の経済厚生を改善させることによって経済全体の経済厚生を改善すること、である。これら四つの目標は、一般に、(1)経済安定(完全雇用、物価安定、国際収支の均衡)、(2)経済成長、(3)資源の効率的配分、および(4)所得の公平分配、といわれている。
これらの政策目標について、一方の目標を達成しようとすれば他方の目標も同時に達成できるという場合には、二つの目標は相互に補完的であるという。逆に、一方の目標を達成しようとすれば他方の目標達成が困難になる場合には、相互に代替的ないしトレード・オフ関係にあるという。二つの目標が相互に無関係な場合には、独立的であるという。
[藤野次雄]
分権的市場機構では、価格のパラメーター機能ないし自動調整機能を活用している。つまり、企業および家計は、与えられた価格情報に基づいて合理的に行動し、それぞれの行動目的(利潤最大化、効用最大化)に適合するように最適消費(需要)あるいは最適生産(供給)を決定する。これら需給計画を社会的に集計したとき、需給がバランスしない場合には、価格自体が需給ギャップに応じて伸縮的に変化し、両者を調整することによって市場均衡を達成する。その結果、各経済主体は、市場での自発的、相互的交換により自らの満足の最大化を達成する。
このように分権的市場機構は、一定の条件のもとでは価格機構により経済政策の目標の一つである資源の効率的配分を達成することができる。しかし、他の政策目標、すなわち所得の公平分配および経済安定、経済成長に関しては、市場機構はかならずしもうまく機能しない。また、市場機構は、資源の効率的配分を達成する場合でも一定の条件が必要であり、市場機構が不完全で機能障害をもつ場合や、市場機構の内在的欠陥のためにその範囲外に属する資源配分活動の場合には、政府の介入が必要となる。前者の例として、価格支配力をもつ独占や寡占など、後者の例として、費用逓減(ていげん)産業、外部効果、公共財および不確実性や動学的資源配分などがあげられる。
[藤野次雄]
経済政策の目的を達成する手段としては、具体的には、財政政策(租税、公共支出、財政余剰など)、金融政策(公開市場操作、公定歩合政策、法定準備率操作など)、外国為替(かわせ)政策、直接統制、制度変更などがあげられる。これら経済政策の手段は、量的手段と質的手段、間接的手段と直接的手段、長期的手段と短期的手段、および自動的手段と裁量的手段に分けられる。
[藤野次雄]
複数の政策目標を同時に達成するためには、これら政策目標が相互に独立的な場合は、少なくとも同数の独立した手段がなければならない(ティンバーゲンの定理)。さらに、情報が不完全で試行錯誤的に政策手段を実行せざるをえない場合には、政策手段の選択にあってはそれぞれの目標に対する有効性を考慮した比較優位の原則に従って割り当てなければならない(マンデルの定理)。たとえば、政策目標が二つある場合には、少なくとも二つの政策手段が必要である(ポリシー・ミックス)。また、たとえその二つの政策手段が、ともにそれぞれどちらの目標をも達成できるものであるとしても、それぞれの目標に対して、より効果の大きいほうの手段を割り当てるべきである。
[藤野次雄]
『館龍一郎・小宮隆太郎著『経済政策の理論』(1964・勁草書房)』▽『熊谷尚夫・大石泰彦編『近代経済学2 応用経済学』(1970・有斐閣)』▽『今井賢一他著『価格理論Ⅱ』(1971・岩波書店)』▽『R・ドーンブッシュ、S・フィッシャー著、坂本市郎他訳『マクロ経済学』(1981・マグロウヒル好学社)』▽『熊谷尚夫著『経済政策原理』(1992・岩波書店)』
一般的には,政府が良好な経済成果を実現しようとして行う政策をいう。現実の経済政策はさまざまの政治的妥協の所産であるから,必ずしも整合的な体系をもつわけではないが,経済学の領域では本来,一つのまとまった体系として展開されるべきものとされてきた。ここではまず自由,正義,厚生などのような高次の一般的な政策目的を掲げ,これに基づきながら整合的な体系を構成しようとすることが多い。ただしこの一般的目的は(他の諸目的と同様に)各人の価値判断の要素を多少とも反映せざるをえないから,けっして統一的とはなりえない。このことは,かつてマックス・ウェーバーが鋭く指摘したところである。それはともかく,いま一つ,高次の一般的目的に貢献すべきより低次の個別的・具体的目的(これら二つの目的のあいだには,目的-手段の関係がみられる)として,たとえば経済成長,物価の安定,完全雇用,所得の公正な分配,進歩と効率化,公共財の整備,公害の除去,資源エネルギーの安定的確保,国際収支の均衡などをあげることができる。つぎに,現代の経済政策体系の主要内容をこれらの政策目的のいくつかとかかわらせながら簡単に概観しよう。
資本主義経済体制はもともと自由の理念を支持し,市場機構の働きに基礎をおきながら経済を運営すべき経済体制にほかならない。したがって,その経済政策もまず競争促進・独占禁止の政策を実施して,できるだけ自由で競争的な市場環境を整備すべきだということになる。そして経済理論が教えるように,これによって限りある経済資源を効率的に配分し,また競争圧力を通して活発な技術革新を喚起し,経済・産業の進歩・発展を実現しようとする。加えて,自由な競争秩序は本来,強大な権力・支配力を分散するものであるから,究極には個人の自由,個人の人格を尊重して自由の理念を保証するといえる。なお市場経済が円滑に機能するためには通貨価値の安定が不可欠である。したがって競争促進政策を補完するものとして,健全通貨の実現と維持をはかる政策が実施されなければならない。またこの政策は物価の安定という目的に通じるのであり,これによって一般大衆はインフレやデフレの脅威から保護されることになる。このように,現代の経済政策体系にあって競争促進政策と通貨価値安定政策の二つは,市場機構を円滑に機能させるということで,最も根本的な役割をになっている。
けれども現実には,市場機構が完全に機能する場合にあっても,需給関係が十分に調整されえない領域があることもまた事実である。その一つは道路,港湾,学校,公園のようないわゆる公共財のケースにほかならない。これらは本来的に市場機構のもとで十分に供給されえない性格をもつから,政府の責任においてその充実をはかるべきである(〈公共経済学〉の項参照)。いま一つは,いわゆる外部経済・外部不経済の問題領域である。とりわけ,近年おおいに注視されてきたのは外部不経済のケースであって,たとえば公害問題などはその典型的な事例である。ここでも政府は周到な政策を実施しなければならない。さらにいま一つ,たとえば電力・ガスのように規模の経済性がきわめて大きな自然独占型の産業もまた市場機構にまかせるのが適切でない領域とされ,通常,公益事業として地域独占を認める代りに料金・サービスなどを直接に規制してきた。なお,市場経済はこれらのほかにも,総需要の調整や所得の公正な分配といった目的を十分に達成することがむずかしい。そこで政府は適切な財政・金融政策をもって総需要を調整し,インフレなき完全雇用を追求しなければならず,また所得の再分配政策によって分配の公正化をはかるべきだということになる。もっとも,これらの政策については異論もないわけではない。いずれにせよ,現代の経済政策はたんに市場機構を円滑に機能させるだけにとどまらず,そのほかにもきわめて多様な課題をになっているのである。
執筆者:小西 唯雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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