不安関連障害(読み)ふあんかんれんしょうがい(その他表記)anxiety related disorder

最新 心理学事典 「不安関連障害」の解説

ふあんかんれんしょうがい
不安関連障害
anxiety related disorder

現実的な危険や困難がはっきりした形で認知される場合,全精神はその対象に対して対抗的に注意を集中し,緊張し,回避,反撃の構えを取る。これは恐怖である。それに対して危険が明らかな形をとらないで漠然と襲いかかるとき,われわれは不安を感じる。そもそも不安や恐怖は人間にとって避けることができないものであり,かえって有用なこともあるが,不安の程度が著しくなったり非現実的で不合理となったりした場合,それらは病的な不安となる。危険が対象性を獲得できないで曖昧なままであるか(不安anxiety),それが現実の対象や状況に結びついているか(恐怖fear),一定の観念あるいは表象として客体化され,それに対処する行為が見られたりするか(強迫obsession),などによってさまざまな病態に分類できる。不安関連障害の不安は,恐怖,強迫などを広く含み込んでいる。

【不安障害anxiety disorder】 1994年の『精神障害の診断と統計の手引き』第4版(DSM-Ⅳ)では不安障害を,全般性不安障害,強迫性障害,心的外傷後ストレス障害,急性ストレス障害パニック障害,社交不安障害,特定恐怖症などに分類している。

 全般性不安障害generalized anxiety disorder(GAD)は,毎日のようにさまざまなことについて過剰に心配し,いかなる特定の状況や対象にも限定されない「自由に浮動する」不安が見られ,多くの身体症状を伴う持続的な病態である。不安障害の25%を占めるが,大半は他の精神疾患が併存している。男女比は1対2で女性に多い。筋緊張,疲労感,過敏性など多彩な身体症状のため,多くの患者は精神科治療を受けずに他の診療科を受診している。

 強迫性障害obsessive-compulsive disorder(OCD)とは,自分にとって無意味ないし不合理と判断される思考,衝動,行動が支配的・反復的となる状態である。代表的症状は強迫観念obsessionと強迫行為compulsionである。強迫観念は反復する自我異和的ego-dystonicな思考・観念であり,強迫行為は不安を軽減するために行なわれる自我異和的で意図的な行動ないしは心的行為である。症状の型には,汚染contamination(汚染されたと思われる対象に対する強迫的回避),病的疑念pathological doubt(確認行為を伴う疑念),侵入観念intrusive thought(強迫行為を伴わない反復思考),対称symmetry(対称性や正確さに対する欲求)などがある。男女比はほぼ同数である。

 心的外傷後ストレス障害post traumatic stress disorder(PTSD)は外傷的出来事に対する反応であり,そのため強い恐怖,無力感を感じる病態である。再体験,回避と麻痺,覚醒亢進症状を主要な症状とする。再体験には出来事の反復的,侵入的,かつ苦痛な想起や夢,フラッシュバックなどがある。症状の持続期間は1ヵ月以上を条件とする。

 急性ストレス障害acute stress disorder(ASD)もまた外傷的出来事にさらされたことを条件にしている。発症は外傷的出来事の4週間以内であり,最大4週間の持続とされている。症状としては,再体験,回避と麻痺,覚醒亢進症状などに加え,離人症状や健忘などの解離症状が外傷的出来事を体験している間,またはその後に見られるとされる。症状が心的外傷後ストレス障害より早く現われ,持続時間が短いという特徴をもつ。

 パニック障害panic disorderとは,予期しないパニック発作が繰り返し起こる病態である。パニック発作では動悸,発汗,震え,息苦しさ,窒息感,胸痛,めまい,現実感喪失などの症状が四つ以上見られる。逃げられない,助けが得られない,恥ずかしい思いをするような場所や状況に対して不安・恐怖を感じることを広場恐怖agoraphobiaという。広場agoraとはギリシア語に由来し,人が多く集まる場所を意味している。広場恐怖はパニック発作を繰り返すために2次的に生じる予期不安と考えられているが,パニック発作のない広場恐怖を有する患者が少なからずいるとする報告もある。

 社交不安障害social anxiety disorder(SAD)とは,他人から注視を浴びるかもしれない社会的状況や行為に対して,過剰で持続的な恐怖が生じる病態である。たとえば,人前で字を書く,話をする,食事する,公衆トイレを使用するなどといった状況に不安を感じ,それらを回避する。全般性不安障害に次ぐ有病率であり,うつ病と併存する割合が高い。

 特定恐怖症specific phobiaとは特定の状況や対象に対して強くて持続的な恐怖を示す病態である。その反応は過剰で不合理である。立ちすくみ,しがみつき,さらには失神することもある。特定恐怖症はあらゆる精神疾患の中で最も頻度が高く,女性に多い。動物型,自然環境型,血液・注射・外傷型,状況型などに分類されるが,とりわけ血液・注射・外傷型は遺伝因子が関係しているとされる。

【不安障害の治療】 薬物療法では選択的セロトニン再取り込み阻害薬selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)が有効である。ベンゾジアゼピン系抗不安薬も習慣性,依存性に注意すれば,初期の治療に有効である。

 心理療法では認知行動療法cognitive behavior therapy(CBT)が有効である。とりわけ不安を引き起こす刺激状況に直面することで不安反応を減弱させる曝露法は,一般的に恐怖症状を呈する病態,すなわちパニック障害,強迫性障害,心的外傷後ストレス障害,特定恐怖症,社交不安障害など不安障害に含まれる多くの病態に有効である。全般性不安障害では,特定の状況や場面に不安や恐怖が認められる場合に効果があるとされる。強迫性障害では曝露反応妨害法exposure and response prevention(ERP)が有効である。これは儀式などの強迫行為を完全に妨害しつつ,患者を不快刺激に直面させる方法である。ただし動機づけが大きく有効性を左右するため,中途半端なERPは強迫性障害を悪化させることには注意すべきである。

 認知行動療法では一般に治療者との信頼関係も不可欠であり,病態や治療について患者にわかりやすく説明する必要がある。病的不安や恐怖が非現実的なものであり,不合理な反応であることを説明し,認知を修正し,回避していた行動を行なうようにする。治療プランと目標について概略を説明し,症状が出現したときの対処法(リラクセーション,呼吸法,頓服薬)を指示する。

 心的外傷後ストレス障害の治療には,眼球運動による脱感作と再処理法eye movement desentization and reprocessing(EMDR)や持続曝露療法prolonged exposure(PE)が有効とされる。EMDRはシャピロShapiro,F.によって考案された治療法である。患者は外傷体験の記憶とそれに伴う感情,認知,身体感覚にアクセスしながら,左右に眼球運動を行なう。これによって外傷記憶が再処理され,症状が軽減するとされている。器質性の精神症状,自傷他害の危険性,激しいフラッシュバック,明らかな疾病利得,深刻な精神疾患の併存,重度のパーソナリティ障害などが認められた場合,EMDRの効果は不十分である。PEはフォアFoa,E.B.によって考案された治療法である。心的外傷後ストレス障害の症状が長期化する原因の一つが,外傷関連記憶,思考,感情を頭から追い払い,外傷想起の契機となるものを避けることにあるとして,回避の無効化と外傷記憶への直面化を中核とする治療法である。要するに,外傷記憶の適切な処理が心的外傷後ストレス障害の症状を改善させると考える。心理教育,呼吸再調整法,現実曝露法,想像曝露法の四つにより構成される。PEを施行するためには外傷記憶を十分に記憶していることが必要であり,外傷を受けたという漠然とした感じしか抱いていない患者に対してPEを行なってはいけない。

【身体表現性障害somatoform disorder】 身体表現性障害とは,身体的基盤がないにもかかわらず,さまざまな身体症状を訴える広範な病態である。しばしば執拗に身体的検査を要求する。身体化障害,転換性障害,疼痛性障害,心気症,身体醜形障害などに分類される。

 身体化障害somatization disorderとは,30歳以前に始まり,多数の身体的愁訴の病歴があり,それが持続する病態である。疼痛症状,胃腸症状,性的症状(性的無関心,月経不順,勃起不全など),偽神経学的症状(麻痺,失声,嚥下困難など)を呈する。女性に多いとされている。

 転換性障害conversion disorderとは神経学的には説明がつかないような身体機能の障害である。麻痺,脱力,触覚または痛覚の消失,歩行障害,視力低下,偽発作,後弓反張opisthotonus(opistho=後ろ,tonus=緊張),失立失歩,ときに幻覚などを呈する。身体化障害の症状が多彩であるのに対し,転換性障害の症状は一つか二つであることが多い。また身体化障害が慢性疾患であるのに対し,転換性障害の初発症状の大半は数ヵ月以内に消褪する。女性に多く見られる。偽発作とてんかんに由来する真の発作を鑑別することは難しく,偽発作とてんかんの併存もまれではない。ただし偽発作では発作後のプロラクチンの濃度上昇は見られないことは鑑別上有用である。

 疼痛性障害pain disorderは心理的要因が重要な役割をしていると判断されながら,頑固で激しい疼痛を訴える病態である。腰痛,頭痛,顔面痛,関節痛,胸部痛,腹部痛などである。女性は男性の2倍であり,30歳代と40歳代が多いとされる。気分変調性障害やうつ病の併存は高頻度に見られる。

 心気症hypochondriasisは患者自身が特別な病気に罹っていると思い込んでいる病態である。患者はこのような恐怖が根拠のないものであるということを,どこかで感じているところがうかがわれる。

 身体醜形障害body dysmorphic disorderは自分の身体の外見部分に欠陥があると思い込んでいる病態である。顔の欠点であることが多く,髪の毛(脱毛),鼻,皮膚,目,頭,唇などに強くこだわる。ときに関係念慮,関係妄想,鏡による点検が見られ,社会的に引きこもりがちになる。

 心気症患者や身体醜形障害の思い込みの程度は妄想ほど確信的ではない。妄想のように訂正不能で,疑念の余地なく確信的である場合には,DSM-Ⅳでは妄想性障害delusional disorderの身体型somatic typeと診断される。

 身体表現性障害の薬物療法は,不安障害に比較して,限られていると言わねばならない。疼痛性障害や身体醜形障害には選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)がときに有効である。身体醜形障害に見られる思い込みが妄想的色彩を帯びている場合,抗精神病薬の少量がときに有効である。

【解離性障害dissociative disorder】 解離dissociationとは,意識,記憶,同一性,または環境の知覚について通常は統合されている機能の破綻あるいは変容である。解離性障害とは解離症状を中核とする病態であり,DSM-Ⅳでは解離性健忘,解離性遁走,解離性同一性障害,離人症性障害,特定不能の解離性障害などに分類される。解離性障害患者の8~9割が女性であり,平均年齢は約30歳である。一般人口の約1~5%,精神科入院患者の5~20%が解離性障害と推定される。

 解離性障害の診断は典型例を除いて,一般には困難であり,パニック障害,気分障害,統合失調症としばしば誤診される。幼少時の身体的虐待や性的虐待の既往の割合は一般人口に比して明らかに高い。28項目の自記式質問紙である解離体験尺度dissociative experiences scale(DES)は解離性障害のスクリーニングに有用である(Putnam,F.W.)。シュタインバーグSteinberg,M.(1995)は解離性障害の中核症状として,健忘amnesia,離人症depersonalization,現実感喪失derealization,同一性混乱identity confusion,同一性変容identity alterationの五つを挙げている。ちなみに同一性混乱は「自分自身の同一性について不確実,当惑,葛藤などの主観的感覚」であり,同一性変容は「行動変化から他者によって観察される役割や同一性の変化」である。

 解離性健忘dissociative amnesiaとは,ストレスに満ちた外傷的出来事について想起できないことである。ある期間の出来事を想起できない局在性健忘localized amnesia,ある期間の出来事の一部のみが想起可能な選択性健忘selective amnesia,ある出来事に結びついている事柄を想起できない系統的健忘systematized amnesia,ある出来事が生じた後から新たな出来事の記憶ができない持続性健忘continuous amnesia,それまでの生涯の記憶をなくす全般性健忘generalized amnesiaなどに分類される。全般性健忘は日本では全生活史健忘といわれ,男性に多いとされる。持続的葛藤状況を背景として発症し,遁走がしばしば見られる。大多数が数ヵ月以内に回復する。

 解離性遁走dissociative fugueは,ある日突然,住み慣れた家や職場から遠くに行ってしまい,普段の自己同一性を喪失している。しばしば新たな同一性を獲得することもある。われに返るとそれまでの生活史を想起できることもあれば,想起できないこともある。生活史を想起できるときには,遁走中の記憶をなくしていることが多い。ほとんどの遁走は健忘を伴っている。

 解離性同一性障害dissociative identity disorder(DID)は二つ以上のはっきりと区別される同一性ないしは人格状態があり,それらが患者の行動を反復的に統制する病態で,解離性障害の中で最も重度である。欧米では解離性同一性障害のほとんどの症例に性的虐待の既往があるといわれているが,日本ではそれより明らかに少なく半数以下であることが多い。性的虐待の多くは客観的に確認されておらず自己申告によるものがほとんどであるため,偽記憶false memoryの問題が起こる可能性には注意すべきである。その他の外傷体験としては身体的虐待,ネグレクト,身近な親族や友人の死,傷害ないしは死の目撃などがある。対人関係における愛着の挫折も解離の発生に関係しているといわれる。解離性同一性障害では,健忘,離人・現実感喪失,同一性変容など多彩な症状を呈するが,幻聴や幻視などの症状も多い。通常は統合失調症に見られるとされる一級症状の数が統合失調症よりも多いという報告もあり,統合失調症との鑑別が困難である。「死ね」「切れ」「こっちへおいで」などといった幻聴はよく見られる。それらは「頭の中から聞こえる」ことを特徴とするが,必ずしもそうとは限らない。統合失調症のような妄想はない。周囲が自分に迫ってくるとか,だれかがいる気配がするなどと訴え,過敏な状態となることもある。これらの症状は特定不能の解離性障害でも見られる。

 離人症性障害depersonalization disorderは,DSM-Ⅳでは「自分の精神過程または身体から遊離して,あたかも自分が外部の傍観者であるかのように感じる持続的または反復的な体験」として解離性障害に分類されているが,1990年の『国際疾病分類』第10版(ICD-10)は離人・現実感喪失症候群を「患者が自分自身の精神活動,身体または周囲が非現実的で疎隔され,あるいは自動化されているように,質的に変化していると訴える障害である」として解離性障害には含めていない。ICD-10では非現実や質的な変化に重点がおかれ,DSM-Ⅳでは身体から遊離して,外部の観察者のように体験している点に重点がおかれている。この二つの微妙な違いから解離性離人症dissociative depersonalizationの特徴をうかがうことができる。離人症はうつ病や統合失調症,てんかんなどさまざまな病態の症状として現われうるが,解離性離人症では外部の観察者のように身体から遊離し,自己の同一性が希薄になり,現実と夢の区別が困難である状態が特徴的である。さらには自分の体から離れて,やや後方,上の方から自分自身が見えるという自己像視を呈することもある。時に自分がまるで二つの場所にいるように感じたり,自分がどこか別の所にいるように感じたりもする。

 特定不能の解離性障害dissociative disorder not otherwise specified(DDNOS)には,①臨床症状が解離性同一性障害に類似しているが,その疾患の基準すべてを満たさないもの,②離人症を伴わない現実感喪失,③洗脳,④解離性トランス障害(憑依トランスを含む),⑤意識の消失,昏迷,または昏睡,⑥ガンザー症候群などが含まれる。ガンザー症候群Ganser syndromeとは未決囚に見られる特異なもうろう状態であり,的はずし応答,幻覚,痛覚脱失などが見られる。ガンザーGanser,S.J.M.は詐病とは異なるとしている。解離性障害の分類で約半数から半数以上が特定不能型であるという報告が多く,解離性障害の下位分類を再検討する余地がある。

 解離性障害の治療は病態によってさまざまである。支持的精神療法,認知行動療法,家族療法,集団療法などが行なわれるが,いずれにせよ患者の解離の病態を十分に理解したうえで行なわれなければならない。 →統合失調症 →不安
〔柴山 雅俊〕

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