動機づけ(読み)どうきづけ(英語表記)motivation

翻訳|motivation

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「動機づけ」の意味・わかりやすい解説

動機づけ
どうきづけ
motivation

人間やその他の動物に,目的志向的行動を喚起させ,それを維持し,さらにその活動のパターンを統制していく過程。したがってこれには,(1) 活動を喚起させる機能,(2) 喚起された活動をある目標に方向づける志向機能,(3) 種々な活動を新しい一つの総合的な行動に体制化する機能などが指摘される。
動機づけの過程には,動因または動機,道具的反応または手段,さらに誘因または目標の要因が含まれ,これらの機能的関連が行動傾向を決定する。
欲求と願望は人間のパーソナリティの主要な構成要素であると認められてきたが,C.ダーウィンの理論が環境への心理的適応に適用されはじめると,動機づけの問題が注目され,ダーウィンの理論と動機づけの間に,次のような2つの重要な関連が認められた。まず,動物界の一員として,人間は少くとも食物,水,セックスなどに対する本能に支配されている。次に,動機づけの能力のような行動的特徴は,肉体的特徴と同様に進化の目的に適している。
心理学界では 19世紀末から 20世紀初めまで,あらゆる行動は本能的なものであるとされていたが,その主張を証明する方法がないうえに,先天的と考えられていた行動の大半が,学習や経験で変えうることが実験で証明された。 20世紀初頭,イギリス系アメリカ人の心理学者 W.マクドゥーガルは,人間の行動を動機づけるのは基本的に本能であるとして,知覚や感情に対する動機づけの支配力を強調した。 S.フロイトも,人間の行動は不合理な本能的高まりに基づくものとし,人間を基本的に動機づけるのはエロス (生や性の本能) とタナトス (死の本能) であるとした。アメリカの心理学者 R.ウッドワースは,本能という議論の多い言葉に代え,人間やその他の動物に行動を喚起させる作用として,動因という用語を提起した。アメリカの神経学者 W.キャノンは,動機づけの主要機能を身体の調整と考え,ホメオスタシスという言葉を用いた。非生物学的動因は学習された動因と呼ばれ,生物学的動因とともに動機づけの力をもつと考えられた。その後,動因自体も恒常的,非目的的なエネルギー状態であるとの主張がなされた。緊張を軽減しようとするこうしたエネルギーの傾向は,過去の経験の強化を通じて学習された習慣に基づいている。 1920年代から 50年代までは動因理論が支配的であったが,やがて神経学の実験によって,緊張の軽減は本質的に学習による強化であるとの理論に反する覚醒状態が発見された。そのうえ,脳にはいわゆる快中枢があり,そこを人工的に刺激するとネズミは疲労で倒れるまで動き回る。また,新しい環境を探ったり,別の動物を見たりするような単純な刺激にすぎない報酬の場合でさえ,人間を含めて動物は学習することが証明された。
人間に力を与える仕組みの代りに,人間の欲求を研究した心理学者もいた。 H.マレーは一次的 (先天的) と二次的 (後天的) とに分けた欲求のリストを発表し,こうした欲求が人間の行動を目的志向的にする,とした。 A.マズローは,最下位に生理的欲求があり,安全の欲求,社会的欲求,自我欲求,そして最上位に自己実現や種々の認知や美的な目標を求める欲求があるとする,欲求段階説を説き,下位の欲求を満たされてから,上位の欲求が高まると考えた。行動の面からみると,動機づけには必ず目標を伴う。一般的に,人は目標を強く求めたり望んだりすればするほど,個人の気質や教育や自己イメージなどに邪魔されるものの,目標を達成しやすい。行動療法においては目標に対する態度の重要性を強調し,求める目標に対して人間が感じる両面価値感情,目標を明確に心に描く能力,目標をより小さな達成可能な課題に分ける能力という動機づけに影響する3要素が考えられた。認知心理学では,動機はそれに関連した認識領域において人を敏感にすることがわかった。成績に対して高い欲求をもつ人は,画面上に短時間映し出された成績に関連する言葉をすばやく認識できる傾向がある。苦手な科目は得意な科目より大きく見え,なんとかしたいと思っている科目に対して,より大きな刺激を受ける。心理学ではまた,動機づけは人の職業選択に大きく影響すると考えられた。たとえば,成績に対する高い欲求は,結果が明確に出て個人的な責任感を伴い適度な危険に挑戦できる企業家的な職業によって,最も満たされやすい。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「動機づけ」の意味・わかりやすい解説

動機づけ
どうきづけ
motivation

行動を生じる内的機制について用いられる術語。動因と同じ意味で用いられることもあるが、動因―誘因の関連を総称する。動機づけは生理的要求から複雑な社会的要求に至るまで広くいわれ、その意味もどのような要求についてかで異なっている。あれが欲しい、そこに行きたい、その人に会いたい、その地位につきたいという数々の意図・目標をもった動機づけが日常行動を生じさせているが、動機づけは経験に基づいた予想・計画と結び付いて実行される。実行の結果が積極的結果をもたらせば、このような計画に従った行動が維持され、消極的結果をもたらせば変更される。動機づけは計画と実行との橋渡しをする機構でもある。

[小川 隆]

認知的不協和

動機づけが諸動因―誘因間で矛盾する場合がある。愛煙家は喫煙が肺癌(はいがん)や心臓病の原因となることを聞くと、喫煙を続ける欲求とこれを抑制しようとする意図との間にたたされる。この状態を認知的不協和cognitive dissonanceというが、動機づけは不協和を低減するように働き、喫煙を続けようとすれば、その害を説く報告を信用しないとか、その反証を探すとか、それについての印刷物を見ないようにするとかする。喫煙という誘因は愛煙家にとって積極的価値と消極的価値とをもっているが、いくつかの誘因が積極的価値あるいは消極的価値を拮抗(きっこう)してもつ場合もあり、行動の選択が迫られることもある(葛藤(かっとう)conflict)。

[小川 隆]

動機づけと自己制御

動機づけられた行動が停滞しないで実行されるには、自己制御self-controlが必要である。たとえば、翌朝、起床するために目覚し時計を用意し、時計のベルをじかに手で押し止められないように床から離れた棚に置くのは、睡眠を続けるよりも起床の価値が高いからである。翌朝、価値の逆転があるかもしれないが、睡眠を続けるには、かえって起床してベルを止めねばならないからである。

 要求に基づく動機づけが他の要求や外的障害によって阻止され、これが長期にわたる場合、すなわち要求阻止frustrationが生じると、これを脱却しようとして、攻撃aggression、転位displacement、代償substitutionなどの退行した行動が発生する。これは要求阻止を解消しようとする防衛機構defense mechanismの働きとみられている。

 動機づけの強弱は行動の達成要求achievement needを変化させる。学生に数学などの課題を解かせた実験で、達成要求の水準の高いものは、課題を重ねるにしたがってしだいに成績の改良を加えたのに対し、低いものはこの傾向が認められなかった。したがって、動機づけが学習の効果を制御することがわかる。

[小川 隆]

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