パーソナリティ障害(読み)パーソナリティしょうがい(その他表記)personality disorder(英),troubles de la personnalite(仏),Perso¨nlichkeitssto¨rungen(独)

最新 心理学事典 「パーソナリティ障害」の解説

パーソナリティしょうがい
パーソナリティ障害
personality disorder(英),troubles de la personnalite(仏),Perso¨nlichkeitssto¨rungen(独)

パーソナリティ障害とは,「その人の属する文化から期待されるものから著しく偏り,広範でかつ柔軟性がなく,青年期または成人期早期に始まり,長期にわたり安定しており,苦痛または障害を引き起こす,内的体験および行動の持続的様式」(『精神障害の診断と統計の手引き』第4版の修正版,以下DSM-IV-TR)である。

 19世紀から20世紀前半には,モレルMorel,B.の心的変質dégénérescences mentales,コッホKoch,J.の精神病質低格psychopathische Minderwertigkeit,シュナイダーSchneider,K.の精神病質人格psychopathische Persönlichkeitenなどが見られたが,20世紀後半から人間像の変化とともに,これらの概念は素因論から関係論へ,鑑定概念から治療概念へと移行し,現代のパーソナリティ障害が生み出されたとみなすことができる。

 病因としては遺伝的基盤が存在する可能性があるが,その他社会的要因,親子関係,家庭環境などが複雑に関係している。

 DSM-IV-TRはパーソナリティ障害を三つの群に分けている。A群は奇妙で風変わりな群であり,妄想性paranoid,スキゾイドschizoid,統合失調型schizotypalのパーソナリティ障害からなる。B群は情動不安定で,劇的な群である。反社会性antisocial,境界性borderline,演技性histrionic,自己愛性narcissisticのパーソナリティ障害からなる。C群は不安や怯えによって特徴づけられる群である。回避性avoidant,依存性dependent,強迫性obsessive-compulsive,特定不能のパーソナリティ障害などからなる。これらのうち代表的なパーソナリティ障害であるA群と境界性パーソナリティ障害を中心に説明する。

 妄想性パーソナリティ障害paranoid personality disorderは,男性に多く見られる。他者への根深い不信と猜疑心,恨み,ねたみなどが基本的特徴であり,さらに自己中心的で頑固,被害的である。強い確信を抱いている。これらの特徴は自我親和性があり,自ら治療を受けようとすることはない。法や公的権力には従うことは多い。

 スキゾイドパーソナリティ障害schizoid personality disorderは,他者との関係を形成することに関心が乏しく,社会的関係から遊離している。対人関係状況での感情表現が乏しく,冷たく,超然としており,感情が欠如している印象を与えることがある。経過とともに社会的適応がしだいに改善する傾向を有している。支持的精神療法が望ましい。

 統合失調症型パーソナリティ障害schizotypal personality disorderは,形成する能力に乏しく,認知的または知覚的歪曲と行動や外見の奇妙さなどが目立つ。魔術的思考,奇異な信念外観,関係念慮などが見られる。数分間から数時間の短い精神病状態を呈することがある。生物学的,遺伝学的,症候学的,予後や治療に対する反応などの点で,統合失調症に関連しているという有力な証拠がある。そのため1990年の『国際疾病分類』第10版(ICD-10)ではパーソナリティ障害ではなく,統合失調型障害schizotypal disorderとして統合失調症圏に含められている。治療については,関係念慮や偽幻覚,錯覚などには抗精神病薬が有効であり,抑うつ的な要素が見られる場合には抗うつ剤を用いることもある。発達障害や解離性障害との鑑別は慎重になされるべきであろう。

 境界性パーソナリティ障害borderline personality disorderは,不安定な感情や行動,衝動行為,怒り,対人関係の不安定さなどを特徴とする。対人関係で特徴的なのは,理想化と脱価値化の交代や,見捨てられる不安である。また自己の同一性が不安定で,慢性的空虚感に悩む。自殺企図や自傷行為も見られる。一時的にストレス状況において妄想様観念や重篤な解離性の症状を呈することがある。ICD-10では情緒不安定性パーソナリティ障害emotionally unstable personality disorderとよばれる。一般人口の約1~2%に見られ,女性は男性の2倍とされる。病因としては,安定した愛着関係が維持されないこと,家族関係の問題,養育者との分離,喪失などに加え,身体的虐待,性的虐待,ネグレクトなどが指摘されている。その背後で伝統的価値観や生活様式の衰退,現代的な価値観や思考などの多様化など,社会の変化が関連しているといわれる。10~15年の経過で軽快傾向を示す群もあり,予後は必ずしも悲観的ではないが,自殺完遂率は10%にも及ぶという報告もあり,注意が必要である。

 カーンバーグKernberg,O.(1975)は精神分析的観点から境界性パーソナリティ構造borderline personality organization(BPO)という用語を提唱した。これは以下の四つの特徴をもつとされる。①自我の脆弱性の非特異的顕在化(衝動制御能力の欠如など),②一次過程思考への移行(構造のない状況や情緒的圧迫において精神病的思考へと退行するが,現実検討は保たれている),③原始的防衛機制(分裂splitting,原始的理想化primitive identification,投影性同一化projective identificationなど),④病的な内在化された部分的対象関係(良い側面と悪い側面を統合できず,他者に対して理想化と脱価値化の間を揺れ動くこと)。カーンバーグは,自己愛性,反社会性,妄想性などのパーソナリティ障害の根底にはこのBPOの病理があるとしている。

 境界性パーソナリティ障害の治療には,安定した治療構造や限界設定は不可欠である。心理社会的治療として近年有名なものとしては,リネハンLinehan,M.M.の弁証法的行動療法dialectic behavior therapy(DBT)やべイトマンBateman,A.とフォナギーFonagy,P.のメンタライゼーションに基礎づけられた療法mentalization-based therapy(MBT)などがある。メンタライゼーションとは自分や他者の行為を志向的精神状態に基づく意味のあるものとして想像的に解釈しようとする精神過程であり,簡単にいえば,自分や他者の心の動きを理解しようとすることである。弁証法的行動療法は,現実的で冷静な自己観察や現実認識の技能(マインドフルネス),感情統御技能,実際的対人関係技能など,現実志向的で問題を解決しようとする技能を基本としている。そのほか,支持的精神療法,力動的精神療法,集団療法,家族療法なども試みられている。薬物療法としては,抗てんかん薬,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),非定形抗精神病薬などの有効性が報告されてはいるが,精神療法が主軸となることは言うまでもない。 →統合失調症 →認知行動療法
〔柴山 雅俊〕

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