出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
…そして戦後大陸からの引揚者が中国の食文化を持ち帰り,これが日本各地に中国料理を広げる素地になったといわれる。横浜は戦前南京町(横浜中華街)に中国そば屋が数軒あった程度であったのが,戦後になって中華街と名前が変わり,大発展を続けて130軒ほどの中国料理店が軒を連ねるようになった。戦後は東京,大阪の大都会に中国料理の大飯店が建ち並び全国に中国料理店,中国そば店の類が普及した。…
…これらの丘のふもとには野毛と元町の商店街がある。元町は初め外人のための家具や食器類の店が多かったが,しだいに舶来品を扱うようになり,今日では中国料理店の並ぶ山下町の中華街(南京(ナンキン)町)とともに横浜で最もエキゾティックな町並みとなっている。 初め大岡川や帷子(かたびら)川の谷間と,臨海部の鶴見,磯子に延びた市街地は,しだいに内陸の丘陵地に広がった。…
※「中華街」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...