中間地帯論(読み)ちゅうかんちたいろん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中間地帯論
ちゅうかんちたいろん

1946年8月毛沢東によって提出された中国の世界戦略論の一つ。帝国主義の弱い環に打撃を与えるというマルクス=レーニン主義の考え方と,農村によって都市を包囲するという中国革命の特徴とが結びついたもの。 1946年8月毛沢東がアメリカの女流新聞記者 A.ストロングに,米ソ間には「広い地帯」があり,そこにはヨーロッパ,アジア,アフリカの3州の多くの資本主義国と植民地,半植民地国が存在していると述べたのが,中間地帯論の原型である。 56年9月 15日の中国共産党八全大会における劉少奇副主席の政治報告は,アメリカ帝国主義が「社会主義国とアメリカの間に存在する広範な中間地帯」を支配し干渉しようとしていると指摘して,初めて中間地帯を定式化した。さらに 64年1月 21日の『人民日報』社説は,アメリカ帝国主義が中間地帯を極力奪取しようとしており,この広大な中間地帯は,アジア,アフリカ,ラテンアメリカの独立国および独立途上国の第1中間地帯と,西欧,オセアニア,カナダなどの資本主義国から成る第2中間地帯に分けられ,第2中間地帯の諸国はその支配階級が一方では搾取と抑圧を行い,他方ではアメリカの支配,干渉,侮辱を受け,アメリカの支配からの脱出をはかっていると規定。社会主義国は中間地帯の反米闘争を極力支持し,アメリカ帝国主義に反対する統一戦線を積極的に拡大してアメリカ帝国主義を孤立させ打撃を与えるべきだとした。中間地帯論は 1970年代初頭まで続いて,74年4月以後の「三つの世界」論に引継がれた。

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