丸山館跡(読み)まるやまたてあと

日本歴史地名大系 「丸山館跡」の解説

丸山館跡
まるやまたてあと

[現在地名]丸森町 新町

丸森町役場の東南約八〇〇メートル、内(うち)川右岸の矢洗(やあらい)にお愛宕(あたご)さんとよぶ丘陵(標高六四・九メートル)があり、中世から近世にかけての山城跡が残る。丸森城ともいい、円森城とも記す。北麓に鳥屋(とりや)館があった。「丸森村安永風土記」に本丸が高さ一七丈、南北二七間、東西一二間、二の丸は高さ一五丈余、南北二〇間、東西一〇間、三の丸は高さ一〇丈、南北二七間、東西一七間とある。


丸山館跡
まるやまたてあと

[現在地名]岩出山町下野目 丸山

江合(えあい)川の南岸、下野目(しものめ)南西の丸山・南山(みなみやま)の独立低丘陵の頂部、標高約七五メートル、比高三〇メートルの地にある。藤原秀衡家臣で奥州合戦で討死したといわれる照井高直の居城と伝え(「封内名蹟志」など)、照井(てるい)城ともよばれた。頂部には東西に並ぶ二つの郭跡が認められる。西の郭は大(おお)館と通称され、東西約一〇〇メートル、南北約八〇メートルの規模で、平場は五角形で西・南・東三面には土塁をめぐらせる。南辺・北東辺を画する空堀は平場との比高が六メートルにもなる。この大館のほかに空(から)館・中(なか)館・小(こ)館・菱(ひし)館と通称される四つの館跡が現存し、各館の間は空堀となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む