コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

丹波氏 たんばうじ

3件 の用語解説(丹波氏の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

丹波氏
たんばうじ

応神天皇のとき帰化した中国,後漢の霊帝の後裔。坂上氏の支族。和気氏とともに医術の主流であった。康頼は『医心方』の著者として有名。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

たんばうじ【丹波氏】

丹波国を本拠とした古代の大族。丹波地方は畿内と南で接し,丹波道が早くから開けたため,大和政権とのつながりも古くから成立したらしく,《日本書紀》開化紀に丹波之大県主の名が見え,崇神紀にも丹波道主(たにわのちぬし)命を四道将軍一人として丹波に遣わす話がある。また垂仁紀は,道主の5人の娘が宮廷に入り,その一人皇后日葉酢(ひばす)姫の子を景行天皇とするなど,伝承は天皇系譜との親密な関係を物語る。丹波氏の成立について,《国造本紀》は丹波国造を成務朝にあてている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丹波氏
たんばうじ

平安朝以来の朝廷の医家。蕃別(ばんべつ)(中国からの渡来の家)である坂上(さかのうえ)氏から出た丹波康頼(たんばのやすより)が丹波宿禰(すくね)の氏姓を賜り、初めて鍼博士(しんはかせ)として朝廷に仕えた。その後、子孫相次いで典薬頭(てんやくのかみ)、施薬院使(せやくいんし)などに任ぜられて、朝廷、貴族の医療の仕事にあたった。戦国時代に盛直(もりなお)に至って丹波家は絶えた。しかし庶流の頼豊(よりとよ)は越前国(えちぜんのくに)(福井県)小森庄(おもりのしょう)などを領し、家を小森氏と称した。その子頼秀(よりひで)は錦小路(にしきのこうじ)を称したが、その子孫頼季(よりすえ)のとき、院宣(いんぜん)により小森の家名に復した。その養子頼庸(よりつね)が丹波氏を再興し、1707年(宝永4)に錦小路を称し、典薬頭として侍医扶持(じいぶち)を給せられた。同家は、のち明治維新の際の功により、華族に列せられた。[多賀宗隼]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の丹波氏の言及

【丹波氏】より

…また垂仁紀は,道主の5人の娘が宮廷に入り,その一人皇后日葉酢(ひばす)姫の子を景行天皇とするなど,伝承は天皇系譜との親密な関係を物語る。丹波氏の成立について,《国造本紀》は丹波国造を成務朝にあてている。古代の史料に散見する丹波史(ふひと)氏は,《丹波氏系図》《新撰姓氏録》に後漢霊帝の後裔とあって,丹波で坂上姓を与えられる志拏直の孫孝日王を氏祖とする。…

※「丹波氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

丹波氏の関連キーワード丹波市丹波口丹波栗丹波太郎丹波〈町〉丹波大女娘子丹波地域丹波地方丹波国府古丹波

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

丹波氏の関連情報