五三〇運動(読み)ごさんじゅううんどう

改訂新版 世界大百科事典 「五三〇運動」の意味・わかりやすい解説

五・三〇運動 (ごさんじゅううんどう)

1925年に中国で爆発した労働者を主力とする反帝国主義運動。五・四運動につぐ反帝運動の第2のピークである。1923年の二・七京漢鉄道ストライキ敗北からしだいに立ちなおった中国の労働運動は,25年2月の上海青島チンタオ)の日本在華紡でのスト,5月の広州での中華全国総工会の成立にみられるように,かなりの地歩をかためるにいたった。5月,上海在華紡のいざこざから労働者顧正紅が殺され,その追悼会で学生3人が逮捕された。さらにその公判日5月30日に抗議の大衆13名が租界警察に射殺され,重傷者,逮捕者も多数出た(五・三〇事件,五・三〇惨案)。中国共産党蔡和森,李立三,劉少奇らの指導のもと,6月1日,上海総工会を組織してゼネストを宣言させた。積年の反帝感情の爆発から10日あまりで15万余の大ストとなり,同時に学生商人もストライキ(罷課,罷市)に突入,北京,広州,海陸豊等全国の500にちかい都市で支援運動がまきおこった。中共は労働者のストを軸に統一戦線組織としての工商学連合会を組織し,不平等条約撤廃,租界回収等を要求して全面的に列強と対決しようとしたが,上海総商会が同調しなかったため,6月下旬には罷市を解いて対英日経済絶交運動に転換した。月100万を要するスト労働者の救済金の主要部分を総商会に期待せねばならなかったからである。ついで,中国企業でのストは組合承認,不解雇,スト中賃金の一定額支給等の条件で収束され,8月にはほぼ同じようにして日本系企業のストも収束された。9月中旬,奉天派軍閥の上海戒厳司令部により総工会は解散させられ,収束条件も資本側によって蹂躙されるのだが,労働者を中心とするゼネストの威力はかつてなく鮮明に内外に示されたのである。広州の国民政府と相応ずる形の北方の大衆運動の最有力の拠点として,27年春,上海の労働者は北伐に呼応する上海蜂起を敢行することになる。
国民革命
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百科事典マイペディア 「五三〇運動」の意味・わかりやすい解説

五・三〇運動【ごさんじゅううんどう】

1925年5月30日,上海で起こった反帝国主義運動,流血事件。五・四運動に次ぐ反帝運動。同年2月,日本資本の紡績工場で起こったストライキ弾圧に発端,5月15日,中国人労働者の射殺事件により,各方面に憤激が高まり,22日,上海で6万人の学生,労働者の抗議集会へ発展。租界当局はこれを弾圧し,逮捕者多数。30日,1万人の学生,労働者は工部局警察署に対し釈放要求のデモを行い,これに対し,工部局警官が発砲,流血事件となる。これを機に中国共産党の李立三劉少奇らの指導下に6月1日上海全市はストに入り,全国的な反軍閥反帝国主義のデモ・ストへと発展し,北伐を完成する契機となる。
→関連項目劉寧一

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