工部局(読み)こうぶきょく

日本大百科全書(ニッポニカ)「工部局」の解説

工部局
こうぶきょく

1854年に設置され、1945年まで存続した、中国上海(シャンハイ)租界(外国人居留地)の行政機関。形式的には市参事会の下部機関だが、警察部、教育部、図書館など13部局をもち、外国人の支配する「国のなかの外国」として機能した。1842年、南京(ナンキン)条約に基づき、その翌年に上海は開港したが、開港初期には外国人は県城内に住んでいた。しかし、1845年の第1回土地章程の締結後、外国人は北側の低湿地に移るため、道路、埠頭(ふとう)を建設する委員会をつくり、基金を集めた。この委員会を起源とするため工部局の名がある。

[加藤祐三]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「工部局」の解説

工部局
こうぶきょく
Gong-bu-ju; Kung-pu-chü

中国,上海共同租界の行政機関。共同租界では市参事会が最高機関で,イギリス人5名,アメリカ人2名 (のち日本人2名,1925年から中国人5名) の参事会員によって構成されていた。市参事会の指揮下に財政土木衛生,教育,警察などの一般行政を担当。当初土木工事を主任務としていたため工部局の称が起ったとされているが,のちには警察が最も重要になった。中国における治外法権の存在を象徴するものである。

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精選版 日本国語大辞典「工部局」の解説

こうぶ‐きょく【工部局】

〘名〙 もと中国の上海、天津などの外国人居留地(租界)にあった自治行政機関。南京条約と清の咸豊四年(一八五四)の土地章程によって創設。当初、土木建設事業を行なったが、後、租界内の行政権警察権をつかさどる機関となり、指導部として市参事会が置かれた。昭和一八年(一九四三)六月に租界返還が行なわれ、かわって区役所が置かれた。

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