五島美代子(読み)ゴトウ ミヨコ

20世紀日本人名事典 「五島美代子」の解説

五島 美代子
ゴトウ ミヨコ

昭和期の歌人



生年
明治31(1898)年7月12日

没年
昭和53(1978)年4月15日

出生地
東京市本郷区曙町(現・東京都文京区)

本名
五島 美代(ゴトウ ミヨ)

主な受賞名〔年〕
読売文学賞〔昭和33年〕「新輯母の歌集」,紫綬褒章〔昭和36年〕

経歴
幼少より礼法など特殊教育を受ける。国学院、東大の聴講生として国文学を学ぶ。一方、大正4年佐佐木信綱に入門し、「心の花」に出詠。昭和3年新興歌人連盟に加盟。8年「心の花」に復帰。13年夫・茂と共に歌誌「立春」を創刊。歌集に「暖流」から遺歌集「花激つ」まで8冊の他、自選歌集、合著集、「定本五島美代子全歌集」がある。昭和30年よりその死去時まで、朝日新聞歌壇選者を務めた。他に晩香女学校校長、専修大学教授を歴任

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「五島美代子」の意味・わかりやすい解説

五島美代子
ごとうみよこ
(1898―1978)

歌人。東京生まれ。1915年(大正4)佐佐木信綱(のぶつな)に師事し、『心の花』に作品を発表。38年(昭和13)夫茂(しげる)と『立春』を創刊、『新風十人』(1940)に参加した。母としてのさまざまな愛憎感情を、主観を強く押し出しつつ、叙情味豊かに歌う。57年『新輯(しんしゅう)母の歌集』(1957)で読売文学賞を受賞ほかに歌集『暖流』(1936)、『丘の上』(1948)、『いのちありけり』(1961)、『時差』(1968)、『花激(たぎ)つ』(1978)など。

佐佐木幸綱

 あぶないものばかり持ちたがる子の手から次次にものをとり上げてふつと寂し

『『定本五島美代子全歌集』(1983・短歌新聞社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「五島美代子」の解説

五島美代子 ごとう-みよこ

1898-1978 昭和時代の歌人。
明治31年7月12日生まれ。五島清太郎長女。佐佐木信綱(のぶつな)にまなぶ。昭和13年夫の五島茂と「立春」を創刊。24年「女人短歌」創刊にくわわる。33年「新輯(しんしゅう)母の歌集」で読売文学賞。昭和53年4月15日死去。79歳。東京出身。本名は美代。歌集はほかに「暖流」「風」など。
格言など】わが息と共に呼吸(いき)する子と知らず亡きを悼みて人の言ふかも(「新輯母の歌集」)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「五島美代子」の意味・わかりやすい解説

五島美代子
ごとうみよこ

[生]1898.7.12. 東京
[没]1978.4.15. 東京
歌人。佐佐木信綱門から出て五島茂と結婚後は新興歌人連盟に加盟 (1928) して夫と行動をともにし,合同歌集『新風十人』 (40) で脚光を浴びた。 1949年創刊の『女人短歌』の主要同人として活躍,『母の歌集』 (53) で代表的女流歌人となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

367日誕生日大事典 「五島美代子」の解説

五島 美代子 (ごとう みよこ)

生年月日:1898年7月12日
昭和時代の歌人。晩香女学校校長;専修大学教授
1978年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android