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五浦 いづら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

五浦
いづら

茨城県北東部,北茨城市大津地区の海岸。出入りの多い岩石海岸で風光に優れる。1906年岡倉天心らが日本美術院本拠を置いた地として有名。付近一帯は茨城大学五浦美術研究所となっている。天心の旧居には六角堂があったが,2011年東北地方太平洋沖地震に伴う津波により,流失した。岬には洞窟鐘鼓洞がある。花園花貫県立自然公園に属する。

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大辞林 第三版の解説

いずら【五浦】

いづら【五浦】

茨城県北部、北茨城市の海岸。海食崖が発達する。1906年(明治39)岡倉天心は日本美術院をここに移転。天心の建てた六角堂付近は景勝地。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔茨城県〕五浦(いづら)


茨城県北茨城(きたいばらき)市の北部にある景勝海岸。入り江が並び、海食崖(かいしょくがい)や洞穴が発達。花園花貫(はなぞのはなぬき)県立自然公園に属する。1906年(明治39)に岡倉天心(おかくらてんしん)が日本美術院をこの地に移した。朱塗りの六角堂などがある天心旧邸は茨城大学五浦美術文化研究所として残る。2011年(平成23)3月の東北地方太平洋沖地震による津波では大被害を受けた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五浦
いづら

茨城県北茨城市大津町にあり、阿武隈(あぶくま)高地の支脈が太平洋に突き出てつくる断崖(だんがい)と入り江をもつ海岸景勝地。W字型に入り込んだ入り江が五つあるところから五浦とよばれる。1906年(明治39)岡倉天心が横山大観(たいかん)らの門下生とともに日本美術院を移した所で、六角形、朱塗りの六角堂(東日本大震災で流失、2012年再建)などの遺跡は茨城大学五浦美術文化研究所となっている。県立天心記念五浦美術館が1997年(平成9)開館した。花園花貫(はなぞのはなぬき)県立自然公園の一部をなす。JR常磐(じょうばん)線大津港駅からバス15分。[櫻井明俊]

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世界大百科事典内の五浦の言及

【岡倉天心】より

…この年ニューヨークで出版した《日本の目覚め》は好評を博し,05年3月に帰国した。同年10月再び渡米,ボストン美術館東洋部長として毎年半年を同館で執務する契約を結び,以後ボストンと茨城県五浦(いづら)の別邸とを行き来することになった。なお06年には衰微していた日本美術院を五浦に移している。…

【日本美術院】より

…しかし失敗に終わったにせよ,このとき彼らの取り組んだ実験が日本画に変革をもたらし,近代化を促進させたのである。1906年天心は日本画の研究所を茨城県五浦(いづら)に移して再起を期したが,天心が13年に没し,その努力も実らなかった。 天心の死は門下を奮起させた。…

※「五浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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