出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…この年ニューヨークで出版した《日本の目覚め》は好評を博し,05年3月に帰国した。同年10月再び渡米,ボストン美術館東洋部長として毎年半年を同館で執務する契約を結び,以後ボストンと茨城県五浦(いづら)の別邸とを行き来することになった。なお06年には衰微していた日本美術院を五浦に移している。…
…しかし失敗に終わったにせよ,このとき彼らの取り組んだ実験が日本画に変革をもたらし,近代化を促進させたのである。1906年天心は日本画の研究所を茨城県五浦(いづら)に移して再起を期したが,天心が13年に没し,その努力も実らなかった。 天心の死は門下を奮起させた。…
※「五浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...