朝日日本歴史人物事典 「井戸良弘」の解説
井戸良弘
生年:生年不詳
戦国・江戸前期の武将。通称は才助,若狭守。大和国井戸城(天理市)城主井戸若狭守覚弘の子。兄の早世によって家督を継ぐ。はじめ筒井順慶に仕えたが,井戸城を子の十郎に譲って自らは織田信長に仕えて軍功をあげ,山城国久世郡に槙島城(宇治市)2万石を与えられた。しかし天正10(1582)年6月の山崎の戦では,豊臣秀吉の招きに応じなかったため改易され,そのまま出家し里夕斎と号して奈良に蟄居した。その後,慶長5(1600)年の関ケ原の戦には丹後国田辺城に籠城して長岡藤孝(細川幽斎)を助けたが,戦後は特に報われることもなく,再び奈良に隠棲した。
(小和田哲男)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報