亡命貴族(読み)ぼうめいきぞく(その他表記)émigré

改訂新版 世界大百科事典 「亡命貴族」の意味・わかりやすい解説

亡命貴族 (ぼうめいきぞく)
émigré

フランス革命期に祖国を捨てイギリスサルデーニャオランダロシア,ライン地域諸公国に亡命した貴族聖職者に与えられた名称。バスティーユ攻略後プロバンス伯(のちのルイ18世),アルトア伯(のちのシャルル10世)らの王族,コンデ公,ポリニャック公らの貴紳が亡命し,以後〈聖職者基本法〉(1790)を拒否する聖職者も多数国外に逃れた。その集結地コブレンツやマインツで彼らはオーストリアなどの援助下に革命の打倒を画策し,国内各地での反革命を扇動した。アミアン和約後ナポレオンの特赦を受けた彼らは,復古王政下で過激王党派中核として旧来特権失地回復に情熱を燃やす反動的政治勢力となった。革命期に没収・国有化された彼らの財産に対して,1825年4月〈亡命貴族の10億フラン法〉が定められた。これは国家補償を要求していた彼らの宿望にこたえるものであった。この法によって懸案の国有財産売却問題は解決し,彼らは政治的攻撃材料を失った。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「亡命貴族」の意味・わかりやすい解説

亡命貴族
ぼうめいきぞく
émigré

エミグレとも呼ばれる。フランス革命期に,イギリス,サルジニア,オランダ,ロシア,ライン公国地方に亡命したフランスの貴族や聖職者,および「僧侶民事基本法」に反対する聖職者に与えられた名称。最初のエミグレはバスティーユ攻略の直後にみられ,そのなかにはプロバンス伯 (のちのルイ 18世) やアルトア伯 (のちのシャルル 10世) らがいた。革命はエミグレに対してはきびしい態度をとり,彼らの財産を没収して売却処分にした (1792) 。エミグレの数は全部で3万人以上と推定される。 1802年ナポレオン (1世) によって大部分の亡命貴族は帰国を許され,王政復古後は王党派として活動した者も多い。

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百科事典マイペディア 「亡命貴族」の意味・わかりやすい解説

亡命貴族【ぼうめいきぞく】

歴史的にはフランス革命期の国外逃亡者をさす。フランス語ではエミグレといい,本来は〈移住者〉の意。その多くは外国と結んで反革命運動を組織,1814年王政復古とともに帰国して保守勢力の中核となった。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「亡命貴族」の解説

亡命貴族(ぼうめいきぞく)

エミグレ

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世界大百科事典(旧版)内の亡命貴族の言及

【移民】より

…移り住む行為すなわち〈移住〉の代りに,移民という言葉を使うことも多い。ヨーロッパの言語では,その国の立場により〈出移民(英語emigrant,フランス語émigré)〉と〈入移民(英語immigrant,フランス語immigré)〉とに分けて使用するのが普通だが,日本ではまだ一般的ではない。〈植民〉〈殖民〉という言葉は,自国の統治権内の植民地や未開拓地に移り住むことに用いるが,19世紀までは移民との区別はそれほど明確ではない。…

※「亡命貴族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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