心臓を切り開き、心臓内の手術を行うためには、一時的に全身から帰ってくる血液を心臓をバイパス(分路)して体外に導き、酸素を与え、動脈を介して体内に戻す必要がある。これを体外循環といい、そのときに使用されるのが人工心肺である。人工心肺には、血液を送り出す心臓の役目をする人工心ポンプと、血液に酸素を付加し、炭酸ガス(二酸化炭素)を排除する肺の役目をする人工肺とがある。
[渥美和彦]
現在、もっとも多く使用されるのが、定常流ポンプである。これはゴム管、あるいは塩化ビニル管をローラーでしごき、血液を一方的に送る非拍動流ポンプである。1970年ごろから、より生理的な拍動流ポンプも利用されたことがあるが、最近は、ほとんど定常流ポンプである。
[渥美和彦]
人工肺には、気泡型、円板型、膜型の3種がある。
(1)気泡型 混合筒とよばれる筒の中に血液を流し、この血液に酸素を気泡として直接に吹き込み、酸素付加と炭酸ガス排出を行う方式である。この気泡型は、ガスの交換能が優れ、使い捨てで便利であるが、血液が直接に酸素ガスと接触するために、血液の成分が機械的に破壊されたり、血漿(けっしょう)のタンパク質が変性したりする欠点がある。
(2)円板型 10~20個の円板を同軸に取り付け、血液を満たした貯血槽の中に半分くらい浸して、回転させる方法である。回転する円板にできた血液の膜に酸素ガスを吹き付けて、血液の酸素化を行うものである。円板型は気泡型に比して血液破壊が少なく、かつ血液ガス性状の制御も容易である。しかし、一般には使い捨てでなく、分解および組立て、消毒などに時間がかかるため、現在はあまり利用されなくなっている。
(3)膜型 生体の肺は肺泡膜を介して血液ガスの交換が行われているが、それを模倣したものが膜型である。血液破壊はきわめて少なく、長期の使用も可能である。1975年ごろからは、ガス交換の効率の優れた高分子膜が開発されて、実用化され、臨床にも応用されるようになった。膜型には、シリコーン膜を使用した均質膜による気体の溶解拡散を利用するもののほか、ポリプロピレン膜を使用した多孔質膜の細孔の中を気体が通過するものなどがある。
[渥美和彦]
人工心肺の付属品としては、装置と生体とをつなぐ塩化ビニル管と、体外循環中の血液の温度を調節する熱交換器とがある。さらに、体外循環中の測定や自動制御のための装置がある。
[渥美和彦]
血液の凝固を防ぐために、血液内にヘパリンなどが与えられてから、人工心肺の動脈側の回路が上行大動脈あるいは大腿(だいたい)動脈へ挿入される。ついで、静脈側の回路が右心房より上・下の大静脈へ挿入される。さらに人工心ポンプで動脈側より送血を行いながら落差により脱血を行う。適正な灌流(かんりゅう)量で送血および脱血のバランスが維持されるようになると、心臓内の手術操作が始められる。人工心肺による体外循環中には、血液の灌流量、酸素流量、血液温、あるいは血液の希釈度などを調節することになる。
[渥美和彦]
人工心肺の体外循環は、日本において年間約1万例の心臓手術に利用されているが、さらに他の応用としては、術後あるいは心不全の際の循環の補助(PCPS=経皮的心肺補助装置)、肺不全に対して数日から数週間に及ぶ長期の肺機能の補助(ECMO(エクモ)=体外式膜型人工肺)、あるいは癌(がん)の治療の際のハイパーサーミア(加温療法)などにも応用される。さらに、1987年ごろから体内(大静脈内)に内蔵しうる植え込み型人工肺の研究が進められている。
[渥美和彦]
『南淵明宏著『実践 人工心肺』(2002・医学書院)』▽『安達秀雄・百瀬直樹編著『人工心肺ハンドブック』(2004・中外医学社)』▽『阿部稔雄・上田裕一編『最新 人工心肺――理論と実際』第3版(2007・名古屋大学出版会)』
心臓あるいは上行大動脈などの大血管の手術に当たっては,その内腔の血液を一時除去し,無血状態としなければならない。その際,人工の肺臓(人工肺)ならびに心臓(人工心)を使用して,静脈血の酸素化と,全身の血液の循環を維持する必要があり,この目的に使われる装置を人工心肺という。動物の血液を機械によって酸素化する人工肺については,1937年にアメリカのギボンJ.H.Gibbon(1903- )によって世に紹介され,その後改良が重ねられて53年はじめてヒトの心臓の手術に使用されて成功をおさめた。人工心はポンプで,古くからローラー型ポンプが使用され,途中さまざまの構造のものが用いられたが,現在はローラー型が主として使用されている。人工心肺はこの両者を組み合わせたものである。
人工肺としては,気泡型(血液の中に直接酸素を吹きこむ),回転円盤型(血液中で円盤を回転させ,その表面にできる薄い血液層と酸素を接触させる),スクリーン型(スクリーンの表面に血液を流し,その表面にできる薄い血液層と酸素を接触させる),膜型(薄いシリコン膜を通してガス交換が行われるもので,血液と酸素は直接接触しない)などが今日まで使用されてきたが,現在では膜型が広く用いられている。気泡型は,構造が簡単で酸素化効率もよいが,血液と酸素が直接接触するし,気泡によって血液がかくはんされるため血球に傷害を与え,また空気塞栓の可能性もないとはいえず,長期間の使用には適さない。膜型の構造は複雑であるが,その機構は生理的肺と同じであるため血球に与える損傷は少なく,空気塞栓の可能性もなく,数日間にわたる長期間の使用も可能である。人工心はローラー型が主流であるが,これでは拍動流(脈打つ血流)が得られないので,より生理的な拍動流が好ましい場合には,循環回路の一部に外部から陽陰圧を加えて拍動流とすることも可能である。人工心肺の使用方法は,上大静脈および下大静脈から静脈血を人工肺に導き,ここで酸素化して動脈血を人工心で動脈系に送りこむ。人工心肺の改良は目ざましく,今日,ほとんどすべての心臓手術と,一部の大血管手術に利用され,その安全性も高く,長時間の使用に耐えるため,心臓や大血管の手術の飛躍的発展の大きな原動力となっている。
執筆者:長谷川 嗣夫
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…補助循環に用いられる装置は,一言でいえばポンプであって,心臓の働きの一部または全部を代行するわけであるから厳密な意味では人工心臓といえる。また一時的に心臓の働きを代行するという意味では,心臓手術を行うときに用いられる人工心肺も人工心臓であって,これは数時間という短い時間用いられる。ここでは人工心臓をヒトの心臓全体の働きを長期間にわたって代行する装置,つまり完全人工心臓と考え,その概略を述べる。…
…日本でも97年から臓器移植法が施行されたため,ようやく心臓移植への道が開かれた。 その発展の要因として,診断技術,麻酔,人工心肺をはじめとする人工臓器,心筋保護,手術手技の発達,術後管理の充実,があげられる。 心臓の手術で最もたいせつなことは正確な診断であって,今日では超音波検査,CT検査,MRCT検査,心臓カテーテル法,心血管造影法,選択的冠動脈造影法等,主として画像診断が手軽に行うことができ,細部にわたる病変が的確に発見できるようになった。…
※「人工心肺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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