今道町(読み)いまみちまち

日本歴史地名大系 「今道町」の解説

今道町
いまみちまち

[現在地名]山口市駅通えきどおり一丁目・黄金町こがねまち道場門前どうじようもんぜん二丁目の各一部

山口町の西南部、今市いまいち町の南端を御成道(萩街道)沿いに西に入った所で、鰐石わにいし町に突き当り御成道は南折する。町の中心をなす石州街道に平行して通る横町である。遅れて新しい道がつくられ、今道とつけたのであろう。

永正一七年(一五二〇)高嶺こうのみね大神宮(現山口大神宮)の「御鎮座伝記」に「今道御旅所」とあり、近世には今市にあった祇園ぎおん社御旅所を今道としている。

山口古図によれば今道町の今市との交点南側に「杉氏」とあり、横に「中ノ杉ト云フ」と注が記される。その東には「極楽寺」、また今道町中ほど南側に「常林寺」(常隣寺)が記される。


今道町
いまみちちよう

東山区三条通白川橋東入六丁目

三条通を挟んで位置。谷川町東分木町とともに東三町組と称した。

町名は承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図に「今道丁」とみえ、開町は江戸時代初期と考えられる。文献では延宝二年(一六七四)四方洛外町続之町々小名之覚(荻野家文書)に、青蓮院御領分粟田口の一としてみえるのが早く、正徳四年(一七一四)洛外町続町数小名家数改帳(同文書)には、「一、弐拾四軒 同(粟田口)今道町」とある。


今道町
いまみちちよう

[現在地名]小浜市浅間あさま

石垣いしがき町の西南に続くたきノ町の西にあり、北西常高じようこう寺門前より海岸へ向かって常在小路じようざいこうじがあり、西南は猟師りようし町で、西南南寄りの清水しみず町より東折して滝ノ町へ抜ける街路丹後街道となる。「拾椎雑話」に「むかしは今の常高寺惣門の内より山門前道を横切西口へ出る。往来の道べなり。然るところ常高寺建立の時より清水町へつゝき道附替り、其節今道町と名付、今の正法寺の所は明地と成たりしを、仏谷浦上ノ山観音を此所に移し、正法寺と号すと古老申伝ふ」とあって、寛永一〇年(一六三三)以降に成立したことをうかがわせる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

仕事納

〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...

仕事納の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android