日本大百科全書(ニッポニカ) 「仲仙寺古墳群」の意味・わかりやすい解説
仲仙寺古墳群
ちゅうせんじこふんぐん
島根県安来(やすぎ)市西赤江町の仲仙寺裏と近接の宮山の丘陵に分布する古墳の総称。仲仙寺裏山は3群に分かれ、方墳11、円墳7があったが、現在は方墳2基を残すのみで、ほかは破壊、宮山支群は方墳3、円墳1、前方後方墳1(ほかに1基あったが消滅)からなる。このうち仲仙寺9・10号(1970年調査)と宮山4号墳(1974年調査)は、方形台状に造成した墳丘の四隅が対角線上に張り出す四隅突出型(よすみとっしゅつがた)方墳の著例で、斜面に貼石(はりいし)、墳裾(ふんきょ)に独特の石組列を巡らしている。仲仙寺9号墳は突出部を加え、長さ長辺で約28メートル、高さ約3メートルで、墳頂に土壙墓(どこうぼ)3、墳裾に箱式棺3があり、うち墳頂中央の大型墓壙(ぼこう)は碧玉管玉(へきぎょくくだたま)を伴う。10号墳(消滅)は、やや小型で墳頂と墳裾にあわせて13個の埋葬施設がある。宮山4号墳は方台部の上に盛り土を伴い、墳頂に大型土壙墓1があり、鉄刀を副葬する。いずれも墓壙上などから古墳時代初期の土師器(はじき)が出土する。宮山の消滅した1号墳は全長約60メートルの中期型の前方後方墳、その他は仲仙寺裏山の破壊された古墳も同様、中期ないし後期初めごろの小型古墳である。古墳出現前後にみられる地方色の強い特異な方墳を含む古墳群として、1971年(昭和46)国の史跡に指定、74年に宮山支群が追加指定された。
[前島己基]