コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

伊藤小太夫(2代) いとう こだゆう

2件 の用語解説(伊藤小太夫(2代)の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊藤小太夫(2代) いとう-こだゆう

1651?-1689 江戸時代前期の歌舞伎役者。
慶安4年?生まれ。初代伊藤小太夫の門人で初代の死後,2代をつぐ。万治(まんじ)ごろから上方,江戸で若女方として知られる。延宝6年京都での「吉野身受」の演技が著名。傾城(けいせい)役を得意とし,着用した鹿子(かのこ)染め衣装が「小太夫鹿子」といわれ流行した。元禄(げんろく)2年9月21日死去。39歳?京都出身。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

伊藤小太夫(2代)

没年:元禄2.9.21(1689.11.2)
生年:生年不詳
江戸前期の若女形の歌舞伎役者。上方から一時江戸へ下ったが,上京して延宝8(1680)年,京北側芝居で初代嵐三右衛門と共演した「吉野身請」でその名を高め,その後の評判記でもこの興行のことがしばしば触れられている。再び江戸に下って活躍,「面体みやびやかにして女の所作芸うつらぬといふ事なし」といわれ,濡れ事,愁嘆の台詞の名人で,傾城役を得意とした。彼が江戸で着た小袖模様は「小太夫鹿の子」と呼ばれ,庶民の間で大流行した。没後,弟子がその名を継ぎ若女形として舞台を勤めていたが,元禄年間(1688~1704)以降,記録をみない。<参考文献>『歌舞伎評判記集成』1期,『日本庶民文化史料集成』6巻

(北川博子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

伊藤小太夫(2代)の関連キーワード歌舞伎役者滝井山三郎玉川歌仙玉川主膳段助出来島小ざらし(初代)出来島小ざらし(2代)中村勘之丞早川初瀬松本名左衛門(2代)

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone