日本大百科全書(ニッポニカ) 「低侵襲治療」の意味・わかりやすい解説
低侵襲治療
ていしんしゅうちりょう
minimal invasive treatment
外科手術による皮膚の切開のように、治療のために生じる体の損傷(侵襲)を極力抑えながら実施する治療。通常手術に比べた場合の出血量の少なさや術後の痛みの軽さ、回復までの早さ、手術跡の小ささなどのメリットが特長で、治療後の患者の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ、QOL)向上につながるとされる。腹部に四つほどの穴を開け、内視鏡(カメラ)や鉗子(かんし)などの器具を挿入して行う腹腔(ふくくう)鏡治療が代表例だが、ほかにも心臓に対して胸腔鏡を用いる低侵襲心臓手術(MICS(ミックス))、人工股関節(こかんせつ)や人工膝(しつ)関節置換における最小侵襲手術(MIS)など、近年、各領域の外科手術に広がっている。日本では2009年(平成21)以降、さまざまな手術に関して保険適用になった、支援ロボットを使った手術も低侵襲治療の一つである。
19世紀後半まで、適切で確実な外科手術には、大きく胸や腹を切開した十分な視野の確保が鉄則とされてきた。これに対し、開腹せずに臓器を観察する試みが1900年前後に始まり、ドイツ人消化器外科医、ゲオルグ・ケリングGeorg Kelling(1866―1945)は動物の腹腔を空気で膨らませて内視鏡で臓器を観察する方法を考案。1902年に「腹腔鏡」と名づけて学会で報告した。
現代につながる技術は1980年代後半のビデオカメラの小型化によって進んだ。内視鏡による映像をテレビ画面上に拡大して映す技術が開発され、1988~1989年にフランスやアメリカの医師が腹腔鏡下での胆石症の胆嚢(たんのう)摘出術に相次ぎ成功。日本でも1990年(平成2)に帝京大学教授(当時)の山川達郎(1935― )が第一例に成功した。その後、大腸がんや胃がんにも広がり、現在では泌尿器科や婦人科領域にも腹腔鏡手術が普及している。
腹腔鏡や胸腔鏡による手術がいずれも患部周辺の穴から器具を挿入するのに対し、口や肛門(こうもん)から内視鏡を差し入れ、先端に組み込まれた鋼製ワイヤや高周波メスで、胃や大腸のポリープや早期のがんを取り除く治療は内視鏡治療とよばれる。
また心臓血管外科領域では、胸腔鏡を用いたMICSのほかに、大動脈弁狭窄(きょうさく)症に対して、大腿(だいたい)部などからカテーテルを挿入し弁を植え付ける経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI(タビ))も低侵襲治療に位置づけられる。
整形外科領域でもMISのほか、膝関節における半月板損傷や前十字靭帯(じんたい)断裂、関節軟骨の磨耗、肩関節における腱板(けんばん)断裂、反復性肩関節脱臼(だっきゅう)、関節唇(しん)損傷などに対して、関節鏡を用いた治療が普及している。また腰部脊柱管(せきちゅうかん)狭窄症に対して、体の側面から手術するXLIF(エックスリフ)(腰椎(ようつい)側方椎体間固定術)も低侵襲治療に位置づけられる。
侵襲性の程度の違いは、治療だけでなく検査についても当てはまる。一般的に、針を穿刺(せんし)して細胞を採取する細胞診などは侵襲性が高く、尿検査や心電図検査は侵襲性が低い(非侵襲検査)とされる。CTを含むX線検査は低線量の被曝(ひばく)を伴うものの、X線を用いないMRIなどとともに非侵襲検査に分類される。
[高野 聡 2023年10月18日]