小説家。長崎県佐世保市生まれ。本名佐藤謙隆(かねたか)。中学時代は野球に明け暮れ、将来を嘱望されたが腰を痛めて断念。1974年(昭和49)北海道大学文類に入学。文学部に進み、在学中、同郷の作家野呂邦暢(くにのぶ)の『諫早菖蒲(いさはやしょうぶ)日記』(1977)を読んで感銘を受け、生まれて初めてファンレターを書く。野呂からの返事には、若いわりには文章がうまいと書かれており、これが小説を書きだすきっかけとなる。1979年、大学を中退して佐世保に戻り、塾の講師やホテルのフロント係をしながら生活の糧を得る。また定職に就くために図書館司書の資格を取得したり、裁判所の職員試験を受けたりするが結果はままならなかった。
1983年、2年がかりで書き上げた長編『永遠の1/2』が『すばる』文学賞を受賞し、作家デビューする。筆名の「正午」は、アマチュア時代に佐世保市内の消防署が正午に鳴らすサイレンの音を聞いて、小説書きにとりかかるという習慣から思いつく。受賞作は、失業した途端につきがまわってきた主人公の周囲で、自分そっくりの男が出没し、次々と奇妙な事件が起きてゆくというミステリー風の恋愛小説だが、いかなるジャンルにも当てはまらないスケールの大きさがあった。選考委員の一人だった文芸評論家の佐伯彰一(1922―2016)は、佐藤の小説作法、文体は丸谷才一の作品を思わせると、知的風俗小説の趣きもある受賞作を高く評価した。続く『王様の結婚』(1984)、『リボルバー』(1985)、『ビコーズ』(1986)、『個人教授』(1988。山本周五郎賞候補作)なども、風俗的興味を取り入れながら、衒学(げんがく)趣味に陥ることなく、時代の雰囲気をかもし出すのに成功している。作中人物の性格設定は、多くの場合自己中心的で優柔不断、なおかつ中途半端で意気地のない主人公となっており、これは作者自身もエッセイ(『私の犬まで愛してほしい』(1989)所収「独り遊び」)のなかで認めている。そうした佐藤の特徴がもっともよく出た作品に『彼女について知ることのすべて』(1995)がある。のっぴきならない状況のなかで、愛する女性と共謀して殺人計画を企てた男の逡巡や、焦り、苛立ち、昂(たかぶ)り、そして後悔を描きながら、けっして冗長にはならず、静かな緊張感を保った精緻な物語であった。
この作品の延長線上に、ベストセラー『Y』(1998)と『ジャンプ』(2000)がある。『Y』は、過去へ戻ってその後の人生を別な形に変えられたらという誰もが一度は願ってみる奇跡を、電車事故の悲劇をモチーフに描く物語である。『ジャンプ』は買い物に出かけた恋人がそのまま行方をくらましてしまうという物語だ。いずれも、もしもあのときああしていれば、こうしていればと悔やむ話で、後ろ向きに物事を考える主人公の性格が見事に描かれた秀作だった。ほかに20年来の趣味である競輪についてのコラム集『side B』(2002)がある。
[関口苑生]
『『ジャンプ』(2000・光文社)』▽『『Side B』(2002・小学館)』▽『『永遠の1/2』『王様の結婚』『リボルバー』『私の犬まで愛してほしい』『彼女について知ることのすべて』(集英社文庫)』▽『『ビコーズ』(光文社文庫)』▽『『個人教授』(角川文庫)』▽『『Y』(ハルキ文庫)』▽『野呂邦暢著『諫早菖蒲日記』(文春文庫)』
(2017-7-25)
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