所有企業の所在地とは異なる国を船籍として登録した船舶で、リベリアやパナマ、キプロス、バハマなどが主な受け入れ国。内陸国のモンゴルも受け入れで収益を得ている。企業側としては、これらの国で登録すれば税金が安いことや、船員の国籍要件が緩く外国人船員を活用できるメリットがある。日本でも1985年のプラザ合意以降の急激な円高で海運会社が国際競争力を失い、便宜置籍船を急増させた。(ニューヨーク共同)
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略称FOC。船主が船籍を便宜的に外国に置いた船舶をいう。パナマをはじめ、リベリア、バハマ、マーシャル諸島、シンガポール、マルタ、キプロスなど12か国に、外国船主が船籍を登録することで、創・廃業、租税制、資金調達・移送、船員雇用、安全規制などに関して、さまざまな便宜を享受している不公正な保有・運航形態の船舶である。
外国置籍は古くからみられたが、便宜置籍船の起源は、第二次世界大戦後、アメリカが余剰になった戦時建造船の海外売却にあたって、有事の際、自らの統制下に入れるため便宜置籍国への移籍を条件とし、また民間船のそれへの移籍をも奨励したことにある。当初、その実質所有者は、アメリカの石油メジャーやギリシアの海運王オナシス(1906―75)などであったが、1970年代に入って、それを不公正な競争者と批判してきた先進国も利用するようになり、急激に増加した。2008年の世界の便宜置籍船は1万2553隻、4億0151万総トンで、世界船腹の56%を占める。その内訳は、パナマ39%、リベリア17%、バハマ10%、マーシャル諸島8%、シンガポール8%となっている。また、おもな実質所有国は、重量トン数で、ギリシア17%、日本15%、ドイツ9%、ノルウェー、アメリカ、香港(ホンコン)がそれぞれ5%、韓国、イギリス、シンガポールがそれぞれ3%となっている。日本は、日本籍船の約5倍にも及ぶ便宜置籍船を保有している。
第二次世界大戦後、アメリカは世界の原燃料資源を支配したが、先進国の国内資源と競争しながらそれを大量に売り込むためには、輸出価格に対して高い比率となる海上運賃を引き下げる必要があった。その際、自国船よりも費用のかからない船腹の保有・運航・建造方式が求められ、便宜置籍船が発生した。それを通じてアメリカ海運は多国籍企業として成長していった。戦後、日本はアメリカの原燃料資源の最大の輸入国となったため、荷主や海運企業は便宜置籍船を大量に用船するようになった。さらに、日本輸出入銀行(現、国際協力銀行)は便宜置籍船に有利な延払い融資を与え、造船企業はそれを大量に建造し、その発達を促進した。便宜置籍船の産みの親はアメリカであったが、日本は育ての親となった。
便宜置籍船は、実質所有国では船員雇用の縮小、労働条件の悪化、財政圧迫、国民福祉の低下、中小企業の経営困難、国際的には海難・海洋汚染の拡大、不安定雇用船員の増大、開発途上国海運の圧迫など、多くの悪影響がみられる。それに対して、国際運輸労連(ITF)はボイコット闘争を展開しており、国際労働機関(ILO)は「商船の最低基準に関する条約」、国際海事機関(IMO)は「船員の訓練、資格証明および当直維持の基準に関する国際条約」(STCW条約)を採択し、国際規制に取り組んでいる。国連貿易開発会議UNCTAD(アンクタッド)では、開発途上国海運の発達のため、便宜置籍船の廃絶に向けて討議が行われてきた。しかし、多様な船主国による便宜置籍利用の拡大と新自由主義的な風潮のもとで、便宜置籍船の廃絶は暗礁に乗り上げている。
[篠原陽一]
『国連報告書、竹本正幸訳『便宜置籍船と多国籍企業』(1979・ミネルヴァ書房)』▽『篠原陽一編著『現代の海運』(1985・税務経理協会)』▽『水上千之著『船舶の国籍と便宜置籍』(1994・有信堂)』▽『武城正長編著『国際交通論』(1998・税務経理協会)』
船舶は人間と同じように,国際法(〈1958年公海条約〉第5条)の定めによって国籍(船籍)をもたなければならないが,税制その他で自国より有利な外国に船籍を置く場合,これを便宜置籍船flag-of-convenience vessel(FOCと略称)という。
すべての船舶はいずれかの国に登録され,その登録国(船籍国または置籍国ともいう)の法律によって各種の規制を受けると同時に保護される。しかし,各国の自国籍船に対する船舶安全基準,乗組員配乗規則,税制などの規制,あるいは自国籍船に対する法的権利の擁護,税制優遇,船舶建造融資,補助金給付などの保護措置の内容は,国によって異なる。この結果,船主にとっては船舶登録先のいかんによって有利・不利の差異を生じる。これに関し前記の国際法は,船舶に国籍の取得を義務づけているが,船舶とその登録国との関係については明確な規定を設けておらず,この登録条件は各国に一任されている。この点に関する各国の法律規定を見ると,自国の船主の所有する船舶以外は登録を認めないと定める規定,あるいは自国の船主の所有する船舶はすべて自国内に登録されなければならないと定める規定が,各国で統一的に設けられているわけではない。また補助金給付やその他の助成措置を受けて建造ないし運航される船舶以外は,外国への登録も認めている国や,外国の船主の所有する船舶の自国への登録を受け入れている国が少なくない。したがって,多くの船主は比較的自由に登録国を選択できる立場にある。こうした一般的船舶登録環境のなかにあって,例外的事例として,外国の船主による登録を受け入れるばかりでなく,登録手続がきわめて簡単で,しかも所得税や法人税をほとんど課さず,さらに乗組員の配乗に制限を加えないで船主の自由にまかせる,リベリア,パナマ,ホンジュラスなどの国があり,ギリシア船主,アメリカ船主をはじめとする多くの先進海運国船主がこれらの国を便宜的に置籍国として利用している。このような便宜置籍船はすでに世界商船隊のなかで大きな比重を占めているが,高い海難事故率,劣悪な海上労働条件,発展途上国海運の発達に及ぼす影響等の弊害をもたらす要因になっているとして,国際的な場で問題視されている。
執筆者:織田 政夫
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…第1次大戦前イギリスの貿易額は世界貿易額の40%を占め,同時にイギリスの船腹総量は世界船腹量の45%に達していた。また1960年代平均17.6%という世界最高の貿易成長率を誇った日本は,1969年イギリスを抜いて世界最大の船主国(便宜置籍船国リベリアを除く)となった。 しかし,貿易の拡大(工業化の進展)と海運業の発展がつねに相伴うとは限らない。…
…ところが,この旗国の税制・労働法制その他の行政的監督・統制を逃れるため,船主は自己に有利な法制をもつ国を選んで登録をすることがある。いわゆる便宜置籍(便宜置籍船)であって,この場合の国旗はflag of convenienceという。こうした便宜置籍を受けいれることで有名なのはパナマ,リベリア,ホンジュラスの諸国である。…
… リベリアは船舶に対する税金を安くしているため,外国の船主が便宜上船籍をリベリアに置くことが多く,船籍登録による収入は国家財政の約10%を占めている。この便宜置籍船制度によってリベリアは1992年まで世界一の商船保有国であるが,93年にはパナマが1位となった。95年の登録船舶トン数は9229万1000トンである。…
※「便宜置籍船」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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