日本大百科全書(ニッポニカ) 「偏光フィルム用色素」の意味・わかりやすい解説
偏光フィルム用色素
へんこうふぃるむようしきそ
dichroic dye for a polarizer
高分子フィルムで偏光子を作成するには、二色性色素を使う。この目的で使用される色素を、偏光フィルム用色素という。自然光を直線偏光に変える素子を偏光子という。偏光子には、偏光プリズム(ニコルのプリズム)、偏光板(偏光ガラス)などがある。ポーラロイド(ポラロイド)は、ガラス板や高分子フィルムを用いて作成された偏光子である。
光は電磁波であり、直線偏光の電磁場は のように表される。ここで、電場(E)も磁場(H)もベクトル量である。自然光ではこのベクトルの向きはいろいろで、等方性の物質に光が吸収されるときは、これらが均等に吸収されるので、偏光は観察されない。しかし、分子1個1個でみると、 のように特定の方向の直線偏光だけが吸収され、それと直交する直線偏光は吸収されずに通過する。したがって、分子を異方性のある媒質中に方向をそろえて配列させると、自然光を直線偏光に変える偏光子が得られることになる。 のエチレン分子(H2C=CH2)の場合、吸収される偏光の向きは遷移モーメントとして表されるベクトルの向きと一致する。PPP法(Pariser-Parr-Pople method。量子力学の理論に基づく電子吸収スペクトルの計算方法)などの分子軌道法を用いると、遷移モーメントが理論的に計算できる。
二色性色素をポリビニルアルコール(PVA)やポリエチレンテレフタラート(PET)のフィルムに分散して延伸する(フィルムを一定方向に引き延ばす)と、色素分子がその方向に配向するので、偏光フィルムを作成することができる。PVAを使った偏光フィルム用色素の実例を に示す。色素は適当に配合して、可視光のすべての波長の吸収が平坦(へいたん)になるようにして用いられる。偏光フィルムは、ニコルのプリズムと比較すると、特性はやや劣るが、大面積のものが安価に製造できるため、液晶テレビ用などに大量に製造されている。
[時田澄男]
『時田澄男著『化学セミナー9 カラーケミストリー』(1982・丸善)』▽『時田澄男・松岡賢・古後義也・木原寛著『機能性色素の分子設計――PPP分子軌道法とその活用』(1989・丸善出版)』▽『石坂行雄・住谷光圀著「偏光フィルム用色素」(入江正浩監修『機能性色素の最新応用技術』所収・1996・シーエムシー出版)』