光による回折・干渉実験から,光が波の性質をもつことがわかるが,この光波は,進行方向に対して垂直方向に振動する横波なのか,あるいは進行方向と振動方向とが一致する縦波なのであろうか。このことを調べるために次のような実験をしてみよう。結晶軸に平行に切った電気石の薄い板を通して光源を見ながら,その板を回しても,明暗の変化は起こらない。しかし,この板を2枚重ねて,一方を回してみると,2枚の結晶軸の方向が平行のときはもっとも明るく,垂直のときはもっとも暗くなる。この現象は,光波は横波で,ふつうの光はいろいろな方向に振動する横波を含むと考え,かつ電気石の薄板は結晶軸の方向に振動する横波だけを通す性質をもつと考えることで説明できる。電気石の薄板を通った光のように,一方向にのみ振動する光を直線偏光といい,この振動面を偏光面という。偏光にはこれ以外のものもあるが,単に偏光といえば直線偏光を指すのがふつうである。また,偏光をつくる板を偏光板という。
光の波動説の基礎を樹立したのはオランダの物理学者C.ホイヘンスであり,彼はこれに基づいて光の屈折,反射や複屈折などの諸現象を説明することに成功し,さらに方解石による複屈折の研究から,複屈折によって光が何らかの変容を受けることも明らかにしていた。しかし,複屈折が偏光現象に関係づけられて,本格的な研究が行われるようになるのは,1808年自宅の窓から方解石の結晶を通して夕陽に輝くリュクサンブール宮の窓を眺めていたE.L.マリュスが,複屈折によって二重に見えるはずの窓が一重にしか見えないのを発見してからであった。彼は反射光の性質を調べ,複屈折を生ずるのは方解石に限らないこと,そして反射によっても光に変容(偏光)が生ずることを発見した。次に偏光の本性の認識を進める契機となったのは,11年のD.F.J.アラゴーによる色偏光の発見であった。ニュートンリングを研究していた彼は,空に向けた雲母板を通過した光を複屈折性結晶に通して見ると,互いに補色をなす二つの光に分かれることを見いだした。この当時はまだ光が横波であるという認識はなかったが,以降,J.B.ビオ,A.J.フレネル,T.ヤングら多くの人々によって偏光に関する実験や研究が行われ,その過程の中でフレネルによる光の横波説の確立をはじめ偏光そのものについても重要な進歩が得られ今日に至っている。
光は電磁波の一種で,その電場の振動面は進行方向に垂直で,また磁場の振動面はこの両者に垂直である。太陽光や電灯からの光は,いろいろな方向の振動面をもった数多くの光が集まったものであり,したがって,平均としてはどの方向にも同じ強さで振動している。このような光を自然光natural lightという。しかし自然光であっても,何回か反射や屈折を受けると,受けるたびに少しずつある特定の方向に振動面をもつ光(すなわち直線偏光)の成分が増してくることが知られている。このように,ある特定方向の振動面をもった光がそれ以外の方向の振動面をもつ光より強くなった状態を部分偏光partially polarized lightと呼ぶ。このことを解析してみると,部分偏光とは自然光にある程度強い直線偏光が混じった光ということができる。偏光,自然光,部分偏光は,次のような方法で区別することができる。すなわち,電気石の薄板を通して見たとき,板の回転に伴って,完全に明るくなったり暗くなったりする光が偏光であり,少しは明暗が見られるがこの変化が小さい光が部分偏光であり,全然明るさに変化が生じない光が自然光である。
偏光は互いに直角方向に振動する二つの直線偏光成分に分解でき,それらの振幅および位相差によって,直線偏光,円偏光,楕円偏光に分けられる。前述したように光の進行方向に対して振動面(または振動ベクトル)が一平面内に限られている光を直線偏光linearly polarized light,または平面偏光plane polarized lightといい,直線偏光は,進行方向に垂直な面内で互いに直角方向に振動する,位相差がmπ(m=0,±1,±2,……)の二つの直線偏光に分解できる(図)。偏光板または偏光子によって得られる偏光はほとんど直線偏光である。
円偏光circularly polarized lightとは,光の進行方向に対して振動面が円運動する光をいう。この円運動を光の進行方向に正対する観測者から見たとき,時計まわりのものを右まわりの円偏光といい,反時計まわりのものを左まわりの円偏光という。円偏光は,進行方向に垂直な面内で互いに直角方向に振動する,振幅が等しく位相が90度ずれた二つの直線偏光に分解することができる。実際には,円偏光は,四分の一波長板に,その主軸方向に対して45度傾いた振動面をもつ直線偏光を入射させることによって得られる。逆に,円偏光を四分の一波長板を通すと,直線偏光が得られる。
楕円偏光elliptically polarized lightとは,光の進行方向に対して振動面が楕円運動をする光である。この楕円運動を光の進行方向に正対する観測者から見たとき,時計まわりのものを右まわりの楕円偏光といい,反時計まわりのものを左まわりの楕円偏光という。楕円偏光は進行方向に垂直な面内で互いに直角方向に振動する,位相差δが0<δ<2π(ただしδ=πを除く)の二つの直線偏光の合成と考えることができる。直線偏光を金属面に斜めに入射させると,その反射光は一般に楕円偏光になる。
偏光を得る方法には,(1)反射におけるブルースターの法則を利用するもの,(2)結晶における複屈折の現象を利用するもの,(3)吸収性の結晶における多色性を利用するものなどがあげられる。(1)のブルースターの法則とは,屈折率nの透明な媒質の表面へtanθ=nで表される特定の角度θで光が入射したときには反射光は完全に直線偏光になるというもので,例えば空気中でガラスに入射させる場合,θ≒57度とすれば反射する光により直線偏光が得られる。2番目の方法は,方解石のような複屈折性を有する結晶体に入射した光が,互いに直角な振動面をもつ直線偏光に分かれることを利用するものである。すなわち,複屈折現象によって,二つに分かれたうちの一方の光のみを取りだすようにすれば直線偏光を得ることができる。これを利用して,種々の偏光プリズムが作られており,代表的なものにニコルプリズムがある。電気石のような吸収性の結晶は,選択吸収の異方性のために透過光の色が光の振動方向によって異なる(多色性)が,各色の光が完全に直線偏光となっていることを利用するのが(3)の方法である。(2)の場合と同様,何らかの方法で一つの色を取りだせば偏光を得ることができる。例えば,吸収異方性をもつ一軸結晶に光が入射すると,光軸方向とこれに垂直な方向に振動する光の選択吸収が異なるため透過光の色が異なり(二色性),かつ両者は直線偏光となっている。
→光
執筆者:朝倉 利光
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
光波の振動方向が規則的なものおよびその状態。光は電磁波の一種で、一様な媒質中ではその電界・磁界の振動方向、伝搬方向の三つが互いに垂直な横波である。
[田中俊一]
直線偏光は
で与えられ、Aは電界の振幅、νは振動数、tは時間、δは初期位相で、図の波動は全体としてzの正方向へ速度vで伝搬することになる。一般の偏光は互いに垂直方向に振動する二つの直線偏光の合成とみなすことができ、それらの電界を
で表せば、合成されたEの軌跡は普通、 に示すように螺旋(らせん)状に回転し、このような光は回転偏光とよばれる。そのxy面への射影は一般に楕円(だえん)で、この光を楕円偏光というが、とくにAx=Ayでかつδy-δx=mπ/2ラジアン(mは奇数の整数)の場合は円になり、これを円偏光という。直線偏光の場合と同様に、光波は全体として速度vでzの正方向に伝搬するので、螺旋が のように右ねじの場合は、あるzの面(たとえば図のxy面)を螺旋が切る点は、偏光に正対して見たとき、時間の経過とともに時計回りに回転し、この場合を右回り楕円偏光または円偏光という。逆に螺旋が左ねじの場合は左回り偏光である。とくにδy-δx=mπラジアン(mは整数)の場合はxy面への射影は直線となり、これは先に述べた直線偏光に相当する。
これに対して、刻々に見れば振動方向が不規則な変化をしているが、ある時間の平均をとったときには、方向分布があらゆる方向に一様である光を自然光といい、自然光と偏光が合成されたとみなされる光を部分偏光という。部分偏光に対して、純粋な偏光(楕円、円、直線偏光)を完全偏光ということもある。
[田中俊一]
普通の光源から出る光は近似的に自然光とみなされる。自然光が粒子や粒子群で散乱されるときの散乱光や、ガラスなどの非吸収性媒質の表面で反射や透過をする光は一般に部分偏光になる。1808年フランスのマリュスはガラス面からの反射光についてはじめて偏光を発見した。とくにブルースターの法則を満足する入射角のときには、反射光は直線偏光になる。
自然光を偏光に変える素子を偏光子polarizer(または偏光器)といい、ニコルのプリズムや偏光板がその例であるが、非吸収性媒質表面での反射や透過を利用するものもある。偏光子はまた光の偏光状態を調べるのにも用いられ、この場合はとくに検光子analyserという。偏光子、検光子を
のように配置したものは偏光計polarimeter(偏光器ということもある)とよばれ、試料による偏光の変化を、普通、検光子を光軸の周りに回転して調べ、試料の物理的性質を明らかにするのに用いられる。とくに砂糖溶液の濃度を測定するために用いられるものを検糖計という。 は直線偏光の変化を調べるものであるが、楕円偏光の測定を行うものもある。人間の目は、網膜が屈折率や吸収率の異方性をもつ物質で構成されているので一種の検光子の働きをし、入射する光の電界の振動方向を知覚することができる。すなわち、直線偏光の白色視野を注視すると、
のAのように電界の振動方向に垂直に伸びる黄色でやや暗い砂時計状の模様が見え、その大きさは視角で2~4度、また周りに青みを帯びた部分がある。これは発見者の名前をとってその形状からハイディンガー・ブラシとよばれているが、入射する偏光の振動方向を固定すると、じきに見えなくなってしまう。ミツバチの複眼を構成する各個眼も入射偏光方位を識別でき、それぞれの個眼に入射する偏光方位の相違から、太陽の方向(大気中の微粒子の散乱によって太陽光は偏光している)を視角にして精度1~5度で検知できるといわれている。[田中俊一]
『土井康弘著『光学技術シリーズ4・偏光と結晶化学』(1975・共立出版)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
電磁波の振動に偏りのある光.光は電磁波であって,その振動方向は光の伝搬方向と垂直な面内にある.このうち,電場の強さがこの面内の特定の方向に強く振動している光を直線偏光(または平面偏光)といい,電場ベクトルの先端を結ぶ曲線が光の進行方向から見て右まわりのものを右円偏光,左まわりのものを左円偏光という.直線偏光や円偏光はだ円偏光の特殊な場合と考えられる.単色光の断面図は一般に図のようにだ円である.だ円の主半軸aとX軸との間の角αをその断面の方位角といい,
90° ≧ α ≧ -90°
である.主半軸の比b/aをだ円率とよぶ.偏光はその偏り方によって直線偏光,円偏光,だ円偏光の3種類に分類されるが,直線偏光,円偏光はだ円率がそれぞれ0および1の特殊な場合と考えられる.直線偏光には方位角αの異なる無数の偏りの形があり,円偏光には向きの違う二つの形がある.だ円偏光では方位角とだ円率および向きを異にする無数の形がある.伝搬方向が同じで,方位角が90°異なる二つの直線偏光は直交しているという.右円偏光と左円偏光は互いに直交しているという.二つのだ円偏光は主軸の方位角が90°異なり,だ円率が等しく,向きが反対のときに直交するという.偏光面という用語はこれまで2種類の定義で用いられており,混同されがちである.すなわち,磁気的振動方向と伝搬方向を含む面,および電気的振動方向と伝搬方向を含む面の2種類である.最近は混乱を避けるために,電気的振動方向を明示して,偏光面という用語は用いない傾向にある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… 1669年,デンマークの物理学者バルトリヌスE.Bartholinus(1625‐98)は,細い1本の光線を氷晶石の結晶に入れると,屈折光線が二つに分かれること(複屈折)を見いだした。次いでオランダのC.ホイヘンスは,二つに分かれたこれらの光の振動方向が,かたよっていること(偏光)を見いだした。1813年には,イギリスのブリュースターD.Brewster(1781‐1868)によって,結晶には1軸性と2軸性のものがあることが発見された。…
※「偏光」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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