先天性糖代謝異常症

内科学 第10版 「先天性糖代謝異常症」の解説

先天性糖代謝異常症(糖代謝異常)

 糖質の消化吸収と膜輸送および細胞内代謝経路を図13-2-38に示す.この代謝経路のさまざまな段階にかかわる遺伝子産物の異常によって,先天性糖代謝異常症が引き起こされる.
 食物に含まれる糖質のうち,栄養学的に重要なものは,グルコースポリマー(植物由来のでんぷん,動物由来のグリコーゲン),二糖類(ラクトース(乳糖),スクロースショ糖)),単糖類(グルコース,ガラクトースフルクトース(果糖))である.グルコースポリマーは,唾液・膵液のアミラーゼによってオリゴ糖類にまで分解された後,小腸粘膜上皮細胞刷子縁膜上のラクターゼマルターゼ,イソマルターゼ,スクラーゼなどの加水分解酵素により単糖類に分解されて吸収される.細胞内に取り込まれた糖はリン酸化を受けて活性型となり,代謝経路に入る.
(1)糖の利用障害
a.ガラクトース血症(galactosemia)
 乳児期の重要なエネルギー源であるラクトースは,小腸粘膜のラクターゼによってグルコースとガラクトースに分解される.このガラクトースは,肝臓で図13-2-38に示すような代謝を受けるが,その代謝経路の異常によって血中ガラクトースが上昇しさまざまな症状を引き起こす.酵素異常の部位によって3型に分類されているが,いずれも常染色体劣性遺伝形式を示す.早期発見・早期治療を目的として,血中ガラクトースの上昇を指標とした新生児マススクリーニングが施行されている.
ⅰ)ガラクトース血症Ⅰ型
 GALT遺伝子によってコードされる,ガラクトース-1-リン酸ウリジルトランスフェラーゼの異常によって起こり,古典的ガラクトース血症ともよばれる.体内に蓄積したガラクトース-1-リン酸が腎,肝,脳などに障害を与える.哺乳開始後,すなわちラクトース摂取をはじめた後に,食欲不振,不機嫌,嘔吐,下痢,体重増加不良,黄疸遷延,肝脾腫などの症状が現れ,次第に肝機能障害(いずれ肝硬変に至る),知能障害,白内障(ガラクチトール増加による)が進行する.敗血症髄膜炎を併発することも多く,食事療法を行わなければ致死的である.赤血球中の酵素活性測定によって確定診断を行う.乾燥濾紙血でも酵素活性の測定が可能(Beutler法)である. 母乳,普通ミルクを中止し,ラクトースを含まない治療ミルクを用いた食事療法を行う.離乳期以降は,乳製品やラクトースを含む食品の摂取を避けるようにする.厳格な食事療法によって上記症状の発現や進行を防止することができるが,成長に伴って卵巣機能不全や学習障害が認められる.わが国における発生頻度は90万人に1人である.
ⅱ)ガラクトース血症Ⅱ型
 ガラクトキナーゼ(GALK1遺伝子)の異常によって起こり,症状としては,ごく一部の症例を除き白内障だけを認める.わが国における発生頻度は100万人に1人.赤血球中の酵素活性測定によって確定診断を行う.治療はI型に準ずる.
ⅲ)ガラクトース血症Ⅲ型
 UDP-ガラクトース-4-エピメラーゼ(GALE遺伝子)の異常によって起こり,わが国における発生頻度は16万人に1人と欧米白人に比べて高い.しかしながら酵素の異常は赤血球内に限定されており,無症状で治療を要しない.赤血球中の酵素活性測定によって確定診断される.
ⅳ)門脈体循環短絡症
 腸管から吸収されたガラクトースは門脈を経由して肝臓に到達し,その90%以上が肝細胞に吸収される.胎生期の血管形成異常のために門脈体循環(肝内あるいは肝外)の短絡がある場合,高ガラクトース血症をきたす.血中総胆汁酸の高値を伴う.小児期には無症状であるが,加齢に従って肝性脳症を発症する危険性が増す.自然閉鎖しない場合は外科的な治療の対象となる.
b.フルクトース(果糖)の代謝異常
ⅰ)遺伝性フルクトース不耐症
 フルクトース-1-リン酸アルドラーゼの欠損によって生じ,常染色体劣性遺伝形式をとる.離乳とともに,フルクトース(果実・野菜や砂糖に含まれる)を摂取することにより発症する.嘔吐・食欲不振を呈し,低血糖症状,低リン血症を伴う.慢性症状としては,体重増加不良,肝脾腫,肝硬変,腎尿細管性アシドーシスが認められる.生検肝組織を用いた酵素活性測定により確定診断される.フルクトース,スクロースおよびソルビトールの摂取を避けることにより予後は良好である.
ⅱ)本態性フルクトース尿症
 肝フルクトキナーゼの欠損によって生じる.フルクトース摂取後に尿中にフルクトースが排泄されるため,尿還元糖反応が陽性となる(グルコースオキシダーゼ法による尿糖試験紙では陰性).無症状であり,治療は不要.
(2)糖新生系の代謝異常
a.フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ欠損症
 糖新生系律速酵素の1つである肝フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ(FBP1遺伝子によってコードされる)の先天的異常によって生じ,常染色体劣性遺伝形式をとる.糖新生が障害されるため,肝グリコーゲンが枯渇する状態におかれると発症する.生後1週間以内に,低血糖(しばしば痙攣を伴う),代謝性アシドーシスを伴う過呼吸などによって発症することが多く,高乳酸血症がみられる.その後も,絶食や発熱を契機として発作を生じる.生検肝組織を用いた酵素活性測定によって確定診断される.白血球を用いた酵素活性も行われているが,肝酵素活性との不一致が認められることもあり,注意を要する.可能であれば遺伝子診断が有用である. 飢餓状態を避け,フルクトースや砂糖の摂取を控えることが必要.発作時には,グルコースと炭酸水素ナトリウムの投与による低血糖とアシドーシスの是正を行う.グリセロールの投与は低血糖を引き起こすため禁忌である.
b.ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ欠損症
 発育障害,脳症,肝腫大,空腹時低血糖,高乳酸血症・高ピルビン酸血症を呈する.
c.ピルビン酸カルボキシラーゼ欠損症
 精神運動発達遅滞,脳症,空腹時低血糖(軽度),高乳酸・高ピルビン酸血症による代謝性アシドーシスを呈する.低血糖や乳酸アシドーシスに対しては,対症療法を行う.特異的な治療法はない.
(3)ピルビン酸の代謝異常
a.ピルビン酸脱水素酵素欠損症
 ピルビン酸脱水素酵素は,E1α,E1β,E2,E3,E3結合蛋白質の5つの酵素群からなる複合体である.各酵素はそれぞれPDHA1,PDHB,DLAT,DLD,PDHX遺伝子によってコードされている.本酵素群の先天性異常はE1αの異常によるものが多く,この場合X連鎖性遺伝形式をとるが,X染色体不活化の多様性により女児でも発症しうる.臨床像は幅広く,新生児期に哺乳不良,呼吸不全,痙攣で死亡する重症型,乳児期に精神運動発達遅滞やLeigh脳症を呈する型,運動失調のみで知能障害を伴わない型(男児に多い)などがある.血中乳酸・ピルビン酸の上昇が認められる.確定診断は,皮膚線維芽細胞を用いた酵素診断による. ケトン食療法やビタミンB1(本酵素の補酵素となるチアミンピロリン酸の前駆体)の投与が行われている.また,E1キナーゼを阻害することによってピルビン酸脱水素酵素を活性化するジクロロ酢酸の投与も試みられることがある.
(4)糖質消化吸収の異常
a.先天性グルコース・ガラクトース吸収不全症
 Na依存性の単糖輸送蛋白であるSGLT1(図13-2-38)の先天的異常によって生じ,常染色体劣性遺伝形式を示す.グルコースとガラクトースの腸からの吸収が障害されるため,生後まもなくから水様性下痢,脱水が認められる.グルコースとガラクトースをフルクトースに置換した特殊ミルクで治療を行う.
b.ラクトース不耐症
ⅰ)先天性ラクターゼ欠損症
 小腸粘膜にある乳糖分解酵素(ラクターゼ)(図13-2-38)の先天性異常によって起こる.ラクトースの分解・吸収が行われないため,哺乳開始後より酸性水様性の下痢がみられる.便の還元糖反応は強陽性となる.感染などによる下痢でも二次的にラクターゼ活性の低下が認められるため,鑑別する必要がある. 母乳,普通ミルク,乳製品を禁止し,ラクトースを単糖に置換した治療ミルクを用いた食事療法を行うとともに,ラクターゼ製剤を処方する.
ⅱ)成人型ラクターゼ欠損症
 出生後,母乳摂取中に最大となるラクターゼ活性は,その後次第に低下する.ラクターゼ遺伝子の転写調節遺伝子多型によって個人差があり,酵素活性が5~10%に低下する場合,成人型ラクトース不耐症を呈する.欧米人に比較してアジア人や黒人に多い.乳製品の摂取で下痢を生じる.
ⅲ)先天性スクラーゼ・イソマルターゼ欠損症
 スクロースとイソマルトースの分解が障害されることにより,下痢,腹痛,成長障害を呈する.スクロースを含む離乳食の導入とともに発症することが多い.治療は,スクラーゼ・イソマルターゼの摂取制限と単糖類による置換を行う.[松原洋一]
■文献
Fridovich-Keil JL, Walter JH: Galactosemia.
Steinman B, Gitzelmann R, et al: Disorders of fructose metabolism.Robinson BH: Lactic acidemia: disorders of pyruvate carboxylase and pyruvate dehydrogenase.Semenza G, Auricchio S, et al: Small-intestinal disaccharidases.Swallow DM, Hollox EJ: Genetic polymorphism of intestinal lactase activity in adult humans.以上,いずれもIn: The Online Metabolic and Molecular Bases of Inherited Disease (Valle D, Beaudet AL, et al eds), (http://www.ommbid.com/)

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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