内科学 第10版 「免疫性溶血性貧血」の解説
免疫性溶血性貧血(後天性溶血性貧血)
概念・分類
生理的寿命の120日を待たずに赤血球が破壊され,かつ骨髄赤芽球造血による代償が不十分で貧血を発生する場合を溶血性貧血(hemolytic anemia)とよぶ.抗体や補体を介する溶血を免疫性溶血(IHA)とよび,自己抗体による自己免疫性溶血性貧血(AIHA),同種抗体による血液型不適合輸血や新生児溶血を含む同種免疫性溶血性貧血,薬剤起因性溶血性貧血に分類される.IHA の大半を占めるAIHAの有病率と年間発生率はともに100万人に5人程度である.AIHAの分類としては,赤血球と結合する自己抗体の至適作用温度により温式と冷式,まれに両者の混合型もある.また,原因不明の特発性と基礎疾患のある続発性に分類できる.さらに溶血の場により,赤血球が脾臓などの網内系で破壊される血管外溶血と,補体活性化により血管内で破壊され血中遊離ヘモグロビン,ヘモグロビン尿,ヘモジデリン尿が発生する血管内溶血がある.表14-9-15にIHAのおもな病型と特徴を示す.
a.温式自己抗体による自己免疫性溶血性貧血(狭義の自己免疫性溶血性貧血)
病態
溶血は赤血球抗原と結合した温式抗体(おもに補体非結合性の多クローン性IgG)のFc部と結合するFc受容体を発現するマクロファージやリンパ球による貪食または抗体依存性細胞傷害(ADCC)による.おもに脾臓で処理されるが,部分的に貪食され小型球状化した赤血球が末梢血に現れる.赤血球膜抗原としてはRhポリペプチドやバンド3蛋白がよく知られているが,病因や抗体産生機序は不明である.基礎疾患としては慢性リンパ性白血病やリンパ腫などのリンパ増殖性疾患,全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病,抗リン脂質抗体症候群などがあるがAIHAが先行することもある.
診断
診察で貧血,黄疸,脾腫を認め,検査で赤芽球造血亢進を反映する網赤血球増加とMCV高値,赤血球貪食を反映する小型球状赤血球の増加,溶血を反映するハプトグロビン低下,間接ビリルビン増加,血清LDH高値,赤血球抗体と補体結合を検出するCoombs試験陽性などがみられる(図14-9-13).
治療
続発性の場合は基礎疾患対策が必要である.溶血性貧血に対してはステロイド大量(プレドニゾロン1 mg/kg/日)経口投与により2週以内に約8割の症例でヘモグロビンや網赤血球などが改善する.続いて,2週間で5 mg程度を漸減して20 mg/日以下で外来治療とし,維持量は5~10 mg/日,溶血所見がなくCoombs試験が陰性になれば中止を試みるが成功例は2割以下である.結核やウイルス性肝炎,骨粗鬆症,消化管潰瘍,糖尿病,高血圧,精神疾患などの副作用の発生に注意する.4週間のステロイド療法で改善がみられない場合や,維持量に15 mg/日以上を要する場合は脾摘を考慮する(患者の15%ほど).脾摘後2週間で半数例に改善がみられるが,強い溶血が続くときはプレドニゾロン5~15 mg/日を併用する.ステロイドも脾摘も無効なら免疫抑制薬のアザチオプリンやシクロホスファミドを用いる.併用薬による毒性増強,シクロホスファミドによる出血性膀胱炎,長期使用による腫瘍発生やウイルス感染がみられるので,減量,予防,早期発見に努める.抗CD20抗体医薬(リツキシマブ)の効果は未確立である.輸血は通常用いないが,薬物療法に反応せず貧血の進行が早い症例(ヘモグロビン6 g/dL以下)には救命処置としてクロスマッチ試験で凝集が弱い赤血球を選び,同種赤血球抗体がない場合は注意深い観察をしながらの輸血は可能である.
予後
診断後4年で特発性AIHAの約7割が治癒か寛解を示している.なお,特発性AIHAの半数は5年で直接Coombsが陰性化する.小児では成人に比べて予後が良好である.経過中にSLEやリンパ腫が発症する場合がある.5年生存率は特発性で8割,続発性で6割といわれる.
b.冷式自己抗体による自己免疫性溶血性貧血
ⅰ)寒冷凝集素症(cold agglutinin disease:CAD)
病態
寒冷凝集素は至適反応温度が4℃の補体結合型IgM抗体である.CAD患者では通常1000倍以上の力価があり,寒冷暴露時に四肢末梢などの低体温部位で赤血球を凝集させ,また補体を結合させる.体幹部の体温で抗体が赤血球から離れ,残る補体のみが活性化されて血管内溶血を起こし,一部の赤血球は脾臓で血管外溶血を受ける.寒冷凝集素の対応抗原は血型糖鎖のI抗原が9割,残りの大半はi抗原で,これらはマイコプラズマ受容体でもある.特発性は高齢者に多く,続発性は若年者に多い.続発性にはマイコプラズマ,EBウイルス,サイトメガロウイルスなどの感染後2~3週頃にみられる多クローン性と,悪性リンパ腫などのリンパ系増殖性疾患での単クローン性がある.CADはAIHAの約2割を占める.
臨床症状・所見
特発性では症状が乏しく発症時期は明確でない.寒冷暴露を契機に赤血球凝集が起こり,末梢循環障害による四肢チアノーゼ,Raynaud現象,疼痛が現れ,さらに貧血症状が加わる.検査時に抗凝固薬共存下でも赤血球凝集が認められるので,加温後に血算やCoombs試験などを実施する.直接Coombs陽性は寒冷凝集素抗体ではなく赤血球結合補体による.凝集活性と溶血活性は必ずしも相関しない.
治療・予後
基礎疾患の治療を優先し,そのうえで寒冷暴露を避け保温などを指導する.ステロイドや脾摘の効果は期待できない.成人の赤血球はI抗原をもつため,これを輸血すると患者体内で赤血球凝集が促進されて血栓塞栓症や腎障害を悪化させる.ただし,救急救命の場合は輸血製剤を体温まで加温してからゆっくり輸注する.特発性は慢性経過をたどるが,感染症続発例は予後良好である.
ⅱ)発作性寒冷ヘモグロビン尿症(paroxysmal cold hemoglobinuria:PCH)
病態
自己抗体は補体結合性IgG(Donath-Landsteiner:DL)抗体である.この抗体は4℃で赤血球膜糖脂質のグロボシド(P血型抗原)と結合して補体結合を促し,37℃に移すと補体介在性血管内溶血を起こす(二相性溶血).発生頻度はAIHAの1~3%と低い.なお,P抗原はパルボウイルスB19の受容体になる.臨床症状・所見 ウイルス感染に伴う抗体産生は一過性であり,病名のような溶血発作はほとんどみられない.寒冷暴露の数時間後に,腹痛,四肢痛,頭痛,発熱が発生し,血管内溶血を示すヘモグロビン尿がみられる.貧血,黄疸,網赤血球やLDH増加など溶血所見がそろう.診断には患者血清と赤血球をまず低温で混合し,続いて体温に戻して溶血発生を確認し,二相性溶血素のDL抗体を検出する(DL試験).DL抗体は寒冷凝集素と比べて溶血活性はあるが赤血球凝集活性はほとんどない.
治療・予後
続発性では基礎疾患を治療する.さらに,DL抗体と赤血球の結合を抑制するために寒冷暴露を避けて体の保温に努める.腎障害を防止するために輸液による利尿をはかり,またハプトグロビンを投与して遊離血中ヘモグロビンの除去を促す.ステロイドや脾摘の効果を期待できない.生命予後は良好といわれる.
c.薬物誘発性抗体による溶血性貧血
概念・分類・病態 薬剤性溶血には免疫性と非免疫性があり,後者には中毒症および先天性赤血球異常症の薬剤による溶血亢進がある.ここでは前者(免疫性)について述べる.
1)ペニシリン型(ハプテン型,薬剤吸着型):
ペニシリン大量投与1~2週後にペニシリン特異抗体(温式IgG)が産生され,赤血球膜に強く付着しているペニシリンと免疫反応し,脾臓での赤血球破壊を促す(血管外溶血).この薬剤特異抗体は赤血球とは直接結合せず,間接Coombs試験陽性には患者血清(抗体)と原因薬剤付着の患者赤血球を必要とする.
2)キニジン型(薬剤依存性抗体型,薬物抗体複合体型,免疫複合体型,新生抗原型):
ペニシリンと比べると薬物・赤血球の結合は弱いが,その結合により出現するエピトープに対して抗体(IgGまたはIgM)が産生され,補体介在性血管内溶血を生じる.
3)メチルドパ型(自己抗体型,自己免疫型):
降圧剤のアルファメチルドパを長期服薬している高血圧患者の1%以下に溶血がみられる.温式AIHAと同じように抗体は赤血球膜Rhポリペプチド抗原を認識する温式自己抗体(IgG)であり,脾臓における血管外溶血が主である.この抗体は赤血球と反応するが薬剤と反応しないので間接Coombs試験で原因薬剤の共存は不要である.
臨床症状・所見
ほかの溶血性疾患と同じく,血管内溶血(ここではキニジン型)の方が容態進展も急性で症状も強い.診断には薬物使用歴が重要であり,また間接Coombs試験では患者血清(抗体),赤血球,原因薬剤がそろわないと陽性とならない場合がある.
治療・予後
薬物を中止すると1~2週で溶血が収まり予後は良好である.キニジン型における激しい溶血に対するステロイド投与は無効であるが,他2型ではステロイドが有効であるといわれている.輸血も禁忌でない.
d.同種免疫抗体による溶血性貧血
概念・分類
血液型不適合妊娠による胎児および新生児溶血性疾患(hemolytic disease of the fetus and newborn:HDF/N)と血液型不適合輸血(IgM関与,【⇨3-1-5)】)があるがここではHDF/Nについて述べる.母児間の血液型が異なる場合,胎児赤血球に対する同種抗体IgGが母体で産生され胎児および新生児に溶血および付随する病態を生じる.母体がRhD陰性で胎児がRhD陽性であるRh不適合妊娠,また母体がO型で胎児がA型,B型,AB型であるABO不適合妊娠の場合に問題となる.
疫学
日本人のRhD陰性は0.5%と低いためRh不適合妊娠も少ない.またRhD陰性母体への分娩直後の抗D免疫グロブリン投与による感作阻止は次回妊娠以降のHDF/N発症防止に有効である.日本の新生児溶血の約65%がABO不適合,24%がRh不適合と報告されている.
病態
胎児赤血球による母体感作はおもに胎盤出血,分娩時出血,産科的処置で起こると考えられる.初回の不適合妊娠での感作成立はRh不適合で約8%,ABO不適合で2%という.Rh不適合によるHDF/Nの発症は母親の妊娠や輸血の回数が増すほど高くなり,ABO不適合によるHDF/N発症は妊娠回数の影響を受けないといわれている.感作された母体で産出されたIgG抗体が胎盤を通過し,胎児の脾臓で血管外溶血を生じる.溶血に伴い増加するビリルビンなどは母体側で処理されるために胎児障害を軽減できる.出産後は新生児黄疸が強く起こり,特に血中ビリルビンが高濃度(20 mg/dL以上)になると核黄疸など脳障害が発生し危険である.
臨床症状・所見
胎児に黄疸,肝脾腫,貧血,網赤血球増加がみられ,また代償性髄外造血のため赤芽球が末梢血に多数現れる(胎児赤芽球症).肝障害や門脈圧亢進により腹水,胸水,全身性浮腫が発生し死に至ることがある(胎児水腫).一般にHDF/NはRh不適合がABO不適合より重症である.一方,母体では不適合抗原(RhD, A,
B)に対するIgG抗体が検出される.診断上,ABO不適合によるHDF/NはCoombs試験が弱陽性か陰性で,かつ球状赤血球が多いため,遺伝性球状赤血球症(HS)と鑑別が問題となる.HSは家族歴を参考にし,また生後24時間以内に増強する黄疸はHDF/Nの可能性が高いので両親のRhDを確認する.
治療・予後
胎児では早期娩出や輸血,新生児では交換輸血,光線療法,免疫グロブリン大量療法を行う.交換輸血はRh不適合HDF/Nの場合はO型RhD陰性赤血球,ABO不適合HDF/Nの場合はO型赤血球/AB型血漿を用いる.Rh不適合HDF/Nの半数は軽症で治療を必要とせずに生後8週までに自然軽快するといわれ,残りが高度黄疸または胎児水腫を起こす.[中熊秀喜]
■文献
Eder AF, Manno CS: Alloimmune hemolytic disease of the fetus and newborn. In: Wintrobe’s Clinical Hematology, 11th ed, vol 1 (Greer JP, Foerster J, et al eds), pp1183-1202, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2004.
梶井英治,他:自己免疫性溶血性貧血. 特発性造血障害疾患の診療の参照ガイド(平成22年度改訂版),厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業 特発性造血障害に関する調査研究班(代表 小澤敬也),pp141-176,2011.
Neff AT: Autoimmune hemolytic anemias. In: Wintrobe’s Clinical Hematology, 11th ed, vol 1 (Greer JP, Foerster J, et al eds), pp1157-1182, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2004.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報