改訂新版 世界大百科事典 「前頭位」の意味・わかりやすい解説
前頭位 (ぜんとうい)
bregmatic presentation
sincipital presentation
胎児の胎勢異常の一種で,最も軽い反屈位である。胎勢とは胎児の姿勢のことで,正常胎勢の場合は,分娩にさいして,児頭の後頭部すなわち小泉門が最も先に進み,児のあごが児の胸部についている。これを屈位,後頭位という。反屈位は児のあごが児の胸部から離れている場合で,頭頂部,前頭部,額部およびあごが先進しているのをそれぞれ頭頂位,前頭位,額位および顔位という。これら反屈位の分娩では,児頭が通過する面が屈位よりも長く,産道が通過しにくくなる。児頭の前後径およびその周囲の平均値は,後頭位の場合では児頭小斜径9.5cm,小斜径周囲32cmであるが,反屈位の前頭位では前後径11cm,前後径周囲33cm,額位では前後径の大斜径は13cm,大斜径周囲35cm,顔位では気管頭頂平面周囲34cmとなって,いずれも屈位よりも長く,この径線,周囲が長いほど分娩が困難になる。しかし分娩は児頭と産道との関係だけで難易が決まるのではなく,陣痛も大きく影響するし,児頭の回転方向も関係する。児頭先進部は母体の産道に進入しその形態にそって回旋して娩出するが,そのさい先進部が母体の前方に回るのが正常で,後方に回るのは異常である。正常胎勢の後頭位においても先進部の小泉門が前方に回る前方後頭位が正常で,小泉門が後方に回旋する後方後頭位の場合には児頭の第3回旋において産道が前方に曲がる関係上さらに強い屈位をとらねばならなくなる。このために分娩は遷延し,会陰の裂傷をおこしやすくなる。反屈位においては先進部が前方に回旋する場合は第3回旋において屈位をとることになるが,先進部が後方に回旋する場合には第3回旋においていっそう強い反屈位をとらねばならなくなる。したがって最も強度の顔位においても先進部のあごが前方に回旋する頤前方顔位では経腟分娩が可能であるが,あごが後方に回る頤後方顔位ではそれ以上の反屈位はとれないので経腟分娩は不可能となる。
胎勢異常の原因には頸部の腫瘤などの異常,児頭骨盤不均衡,広骨盤などがあげられるが,不明なことが多い。
前頭位は大泉門が先進する場合で,前方に回旋する前方前頭位が多い。前頭位は頭位分娩中の1%を占める。児背が母体の左側にある第1前方前頭位の分娩機序は,次のとおりである。第1回旋では児頭の矢状縫合が母体骨盤入口部の横径に一致することは後頭位と同じであるが,児の先進部が大泉門であるため,児のあごが胸部から離れる。児頭が産道内に進入すると児の大泉門が母体の右前方から前方に回旋(第2回旋)し,児の矢状縫合が母体骨盤峡部の前後径に一致する。次いで大泉門が母体の陰裂の間に見られるようになり,児の顔面は母体の前方に向かう。第3回旋は児の胸部から離れていたあごが胸部について屈位となり,頭頂,後頭と会陰を通過し,続いて児のあごが胸部から離れて児の頸部が後方に屈曲し,鼻,口,あごと娩出される。児の肩甲はこのとき骨盤入口部の横径に一致し,続いて産道内を下降しながら第1斜径,前後径と回旋し,右肩が母体の前方に左肩が後方に向かって娩出する。産瘤は大泉門の右側に発生し,児頭蓋は大泉門を中心に膨隆し,尖頭(塔状頭蓋)となる(後頭位の場合は上下に延ばされた形で長頭蓋になる)。前頭位の分娩は,前後径周囲が後頭位の小斜径周囲より長いので,分娩遷延となり,陣痛促進または遂娩術を必要とすることが多い。また前頭部より硬い後頭部が,前方前頭位では会陰を通過するので会陰・腟壁の裂傷がおこりやすい。母体の予後は良好であるが,児の予後は多少不良である。
額位brow presentation
児頭の額が先進する中等度の反屈位である。額位は不安定な胎勢なので,反屈胎勢が強まって顔位になることも多い。反屈位としては少なく,反屈位の5%といわれる。額位の場合には児頭が大斜径周囲35cmという最大の周囲で産道を通過しようとするので,娩出が困難となり,遂娩術を必要とすることが多い。産瘤は児の顔に生じ,額部が膨隆して側面から見ると三角形になる。額部が後方に回っても経腟分娩できることもあるが,頤後方顔位となることも多い。母児に対する危険は大きく,母体死亡率は1%,児死亡率は20%といわれる。しかし最近は分娩の停滞や胎児ジストレスがおきると帝王切開が行われるため,児の予後も良好になっている。
顔位face presentation
反屈位の最も強度な児の胎勢異常である。総分娩数の0.1%にみられる。先進した児のあごが母体の前方に回旋する頤前方顔位は,経腟分娩が可能であることが多いが,児のあごが後方に回る頤後方顔位では成熟児の経腟分娩は不可能である。頤前方顔位では,分娩の初期に児頭が頂部で後方へ曲がり,顔面が骨盤入口部に向かい鼻梁というあごの中心を結ぶ顔軸が骨盤入口部の横径に一致し,児のあごが先進する(第1回旋)。第2回旋ではこのあごが母体の前方に回旋しながら児頭は下降し,あごは恥骨弓下に至る。あごから甲状軟骨部が恥骨弓下線に支点となって第3回旋がおこり児のあごが屈曲胎勢をとって胸部に近づき,口から鼻,前頭,後頭と娩出し,児の顔面は母体の前方に向かう。続いて肩甲,体幹が前述の前頭位と同様な機序で娩出される。児の顔面の変化は著しく,顔面に浮腫および産瘤を生じ,紫藍色を呈する。児頭は上下の方向に短縮する。母児の予後は不良といわれる。一方,頤後方顔位では,これと異なり,あごより硬い児の脳頭蓋が恥骨弓下に下降してひっかかり,さらに第3回旋ではさらに強い反屈位をとるため,児頭部が産道出口部を通過することは不可能となる。児の救命には帝王切開をせざるをえないが,児が死亡することもあり,児の死亡率は5~13%といわれる。
正軸進入および不正軸進入
骨盤入口部において児頭矢状縫合は仙骨岬角と恥骨結合との中間に位置するのが普通で,これを正軸進入という。しかし児頭の矢状縫合がこれより前方または後方に偏るのを不正軸進入という。また矢状縫合が前方に偏るのを後頭頂骨進入,後方に偏るのを前頭頂骨進入という。不正軸進入が強度になると耳が先進し,いわゆる耳位となる。前頭頂骨進入では分娩の進行につれて正軸進入になることもあるが,後頭頂骨進入では分娩の進行とともに児頭が奇異側屈をとり,ついには耳位となって分娩停止となる。
→出産
執筆者:鈴村 正勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報