労働市場の国際化(読み)ろうどうしじょうのこくさいか

大学事典 「労働市場の国際化」の解説

労働市場の国際化
ろうどうしじょうのこくさいか

[日本の労働市場における国際化と「高度人材」受入れ]

経済活動のグローバル化に伴い,人材もまた,国境を越えて移動する。労働市場の国際化が進むということは,一国の労働市場が国境を越えた労働力にも開放されることであり,外国からの労働移動が促進されることを意味する。日本において外国人労働者としてよく取り上げられるのは不法就労や日系人の日本での就労(「デカセギ」)などであり,どちらかといえば未熟練労働に焦点が当たっていた。1990年代に入り,国際競争力強化の観点から,政府は同じ外国人労働者でもいわゆる「高度人材」の獲得のために,在留資格に関する整備等を推し進めた。だが,在留数が伸び悩んだことから,2014年(平成26)以降,とくに「高度人材」で在留する外国人の日本での活動等における制約を緩和するなど,積極的受入れ策をいっそう強化している。政府統計から推計すると,2014年段階の外国人労働力人口は全労働力人口の1.2%で,OECD諸国のデータと比較しても圧倒的に低い。専門的・技術的分野の在留資格に限定すれば0.2%である。

 政策的に外国からの「高度人材」予備軍として注目されているのが留学生である。留学生の日本企業への就職は留学生数増加とともに増え,2014年の大学・大学院生の就職による在留資格変更者数は学部5872人,大学院(修士・博士)4483人と,ここ10年の間に3倍近く伸びている。日本企業では近年,優秀な留学生を多く採用する動きが広がっており,留学やインターンシップ等での外国人学生受入れを足がかりにした人材確保の試みが今後進むと予想される。ただし,新規学卒定期一括採用といった日本固有の雇用慣行が,外国人のみならず,海外留学した日本人学生に対しても不利益を与えることは容易に想像できる。

[日本学卒者の多様な国内外労働市場への進出

当然,労働市場の国際化は,日本で学校教育を受けた日本人学卒者(以下,日本学卒者)でかつ日本で就職しようとする者にも大きな影響を与える。日本企業が留学生を含めた外国人学卒者を多く雇用するということは,低成長時代においてはとりもなおさず,日本学卒者が留学生や外国の大学学卒者らと限られた椅子を奪い合う構造になることを意味する。日本企業では「メンバーシップ型」と呼ばれる日本の労働市場(「外資系企業」項目参照)に対応した能力を求められるが,海外展開する企業であれば加えて,経済活動のグローバル化に対応する能力も求められることになる。

 他方,世界的な人材獲得競争の中では,日本学卒者が外資系企業や外国企業に職を得るケースも出てくる。日本企業の学卒採用(とくに文系)では,専門分野に関わった獲得能力よりも「訓練可能性」が評価されるが,西欧諸国をはじめ,学歴・学校歴社会が存在する他のアジア諸国においても,「ジョブ型」労働市場(「外資系企業」項目参照)が支配的であり,そうした労働市場へ参入しようとすれば,専門分野に関わった獲得能力が採用時に評価されることになる。日本において大学生の多くを占める日本学卒者もまた,グローバル化した労働市場における人材獲得競争の只中にいる。

[グローバルな存在としての大学と,労働市場のグローバルな相互浸透

本来,大学における学術の世界は,その起源からコスモポリタンの世界であり,学習者も教授者も国境に縛られずに真実を追究するモデルが,欧州を中心に広く規範化している。コスモポリタンの世界にいる大学は,原理的には国境を越えて活躍する人材を養成する場となるはずだが,実際には,使用言語や労働市場への対応など,所在する地域的文脈の枠内で展開される。

 国境を越えた労働市場への対応には在学中の国際的な学習・就業経験が有効であり,政府による「グローバル人材育成」政策は,エリート層や英語偏重などの指摘はあるものの,対応を後押しする役割を担っている。また,学位・資格枠組みの国際的な普及を通して,個人の教育・学習経験と獲得能力レベルを国境を越えて相互認証し,労働移動を加速する動きが,EU諸国をはじめとして全世界的に高まっている。日本ではUMAP(アジア太平洋大学交流機構)などアジアの留学交流圏域形成への参画によって,教育・学習経験の国際的な相互認証は進んでいる。だが,職業資格・職業教育の観点でみると,JABEE(日本技術者教育認定機構)やアウトカム・アプローチなど,専門分野に関わった獲得能力の可視化に向けた動きは一部あるものの,労働市場のグローバル化という文脈への理解はまだ十分に形成されていない。

 すでにEUの枠組みの下で国境を越えた人材移動が激しい欧州では,「エラスムス」(現在は「エラスムス・プラス」の一部)などの国境を越えた学習プログラムの広がりや,欧州全体の学位・資格枠組み(EQF)確立と各国でのEQFへのチューニングなど,グローバル化への対応経験が多く積まれている。一方,「ジョブ型」労働市場が支配的な欧州諸国であっても,「柔軟な専門職」などのイノベーション対応人材の議論はあり,社会的スキルなど「メンバーシップ型」労働市場で重視される能力の強調に,労働市場のグローバルな相互浸透の一端を見ることができる。

 大学は,インバウンドによる国内学卒労働市場への影響に加えて,アウトバウンド,つまり学生自身が国境を越えて活動する可能性があることを含め,国・地域によって異なる文脈を持った学卒労働市場へと学生を輩出することを前提に対応を迫られることになる。日本社会に根強い年齢規範に沿った標準学齢・標準年限へのこだわりや,いったん学校を卒業・就職したら二度と学校に戻ってこない「フロントエンドモデル」から脱却し,リカレントな学習者にも対応しかつ多様な国内外労働市場へと向かうキャリアの可能性を想定した教育へと転換することは可能なのか。労働市場のグローバル化への対応は,大学セクター全体の大きな挑戦でもある。
著者: 稲永由紀

参考文献: 濱口桂一郎『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ』岩波新書,2009.

参考文献: Allen, J. and Van der Velden, R.(eds.), The Flexible Professional in the Knowledge Society: New Challenges for Higher Education, Dordrecht: Springer, 2011.

参考文献: 吉本圭一「第三段階教育における職業教育―諸外国との比較の観点から」『リクルート カレッジマネジメント』203,2017.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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