日本大百科全書(ニッポニカ) 「労働社会学」の意味・わかりやすい解説
労働社会学
ろうどうしゃかいがく
sociology of work 英語
sociology of labour 英語
Arbeitssoziologie ドイツ語
sociologie du travail フランス語
仕事ないし労働という人間活動およびそれを契機に成り立つ諸関係を社会的脈絡で研究する社会学の一分科。大戦間における機械化の進展と、そのもとにおける人間労働の未来に対する危機感を背景に成立した。その成立事情と学問名称は当初、国によって異なり、アメリカでは産業社会学、ドイツでは経営社会学、フランスでは労働社会学として登場した。
[石川晃弘]
沿革
第二次世界大戦後、すでにG・フリードマンらによって労働社会学の基礎が築かれていたフランスを例外として、労働の社会学的研究において国際的に大きな影響力をもったのは、アメリカで発達した人間関係論に基づく産業社会学であった。この人間関係論に対して、その後二つの文脈で、産業社会学から自らを区別する労働社会学が提起されてきた。
第一は、産業社会学が生産性に関心を置く経営向けの科学として発達してきたのに対して、労働者の階級的・集団的利害に関心を向けた労働社会学を対置しようという立場である。その理論的背景にはしばしばマルクス主義の階級論、疎外論が据えられている。ここでは具体的には労働者の物質的状態、階級意識、階級闘争、労働運動・労働組合、職場における管理と抵抗などがおもなテーマとされている。この種の労働社会学はsociology of labour、ときにはsociology for labourである。1970年代に展開した労働過程論は、この文脈から出てきた。
第二は、もっと仕事と人間の直接的な関係に関心の焦点を置く立場である。とりわけ機械化・自動化、分業の深化との関連で人間労働の諸問題が取り上げられ、人間にとっての労働の意味、熟練技能の衰退と労働力の階層的再編成などが扱われている。ここにもしばしば疎外論の問題意識がみられる。この立場はフランス労働社会学と共通する地盤にたち、英語で表現すればsociology of workである。
ところで、産業社会学は1960年代に至って、その研究領域を職場のミクロレベルにおける人間関係からしだいに産業化や産業社会のマクロレベルにおける構造と変動の問題に広げていくなかで経済社会学との融合を進めるとともに、中間レベルにおける企業組織・事業所組織の分析にも力を注ぎ、組織社会学の発展の推進役を担った。その結果、産業社会学は経済社会学、経営社会学、組織社会学、労働社会学に解消されたかにみえた。事実、国際社会学会(ISA)のなかには「産業社会学」という研究部会は設けられておらず、労働の社会学的研究に従事する学者は「労働社会学」「組織社会学」「参加・労働者統制・自主管理」などの部会に所属している。しかし他方では、産業社会学を広義でとらえて労働社会学をその一部とみる立場もあり、その観点で著された『産業社会学』と銘うったテキスト類も発行されている。
[石川晃弘]
研究領域
労働社会学の主要トピックを列挙すると、次のような問題群があげられる。(1)職業と技能 分業と職種分化、学歴・教育訓練・キャリア形成、ブルーカラー職種およびホワイトカラー職種の変化など。職業社会学と一部重なる。(2)雇用と労働市場 労働市場の二重構造と分節化、失業と失業者など。労働経済学と一部重なる。(3)技術革新と労働 新技術の導入が労働および労働者にどんな影響をもたらすかなど。労働社会学の古典的かつ現代的トピックである。(4)労働に対する態度と行動 これには、〔1〕仕事への動機づけという人事管理的関心、〔2〕労働の人間化と疎外の克服への関心、〔3〕社会変動と労働者意識に関する長期的・マクロ的関心からのアプローチがあり、一部は労働心理学と重なる。(5)企業組織 労使関係と経営参加、企業内における労働者のパワーなど。組織社会学や労使関係論と一部重なる。(6)労働者の生活実態。(7)労働運動・労働組合。
[石川晃弘]
『松島静雄著『労働社会学序説』(1951・福村書店)』▽『尾高邦雄編『労働社会学』(1952・河出書房)』▽『北川隆吉編『労働社会学入門』(1965・有斐閣)』▽『稲上毅他編『リーディングス日本の社会学9 産業・労働』(1987・東京大学出版会)』