精選版 日本国語大辞典 「勝算」の意味・読み・例文・類語 しょう‐さん【勝算】 〘 名詞 〙 勝つ見込み。勝ち目。[初出の実例]「勝算莫レ如レ絶レ糧」(出典:垂加文集(1714‐24)一・加藤家伝)「勝算(ショウサン)なき戦に於て」(出典:愛弟通信(1894‐95)〈国木田独歩〉敵艦降伏) 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
朝日日本歴史人物事典 「勝算」の解説 勝算 没年:寛弘8.10.29(1011.11.26) 生年:天慶2(939) 平安中期の天台宗の僧。天慶6(943)年に出家し,運昭,余慶に師事する。永観2(984)年に権律師となり,寛弘8(1011)年に僧正となる。この間,正暦2(991)年と寛弘5年に 園城寺長吏となる。正暦4年8月の円仁,円珍両門徒対立の際,房を焼かれて比叡山から逃れ,門弟と共に修学院に居した。有験の僧として知られ,一条天皇をはじめ,中宮藤原彰子,藤原頼通らの病気を加持で治療した。源信の妹安養尼の危篤を救ったという話も伝わる。臨終まぎわに智観の号を天皇から賜った。<参考文献>『寺門高僧記』2巻 (三橋正) 出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「勝算」の解説 勝算 しょうさん 939-1011 平安時代中期の僧。天慶(てんぎょう)2年生まれ。天台宗。京都の人。運昭に師事し,余慶に灌頂(かんじょう)をうける。のち京都修学院をひらき,正暦(しょうりゃく)2年と寛弘(かんこう)5年園城寺(おんじょうじ)長吏をつとめた。寛弘8年10月29日死去。73歳。俗姓は滋野。諡号(しごう)は智観。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例