コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

半両銭 はんりょうせんBan-liang Qian; Pan-liang Ch`ien

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

半両銭
はんりょうせん
Ban-liang Qian; Pan-liang Ch`ien

中国,秦,で発行された円形銅貨始皇帝 26 (前 221) 年の天下統一時に発行されたといわれている。このときのものは中央に方形の穴があり,無郭で,直径約 3.6cm,重さ半両 (約 8g) あり,実質貨幣であった。漢半両は,秦半両より小型で,重さも半両より軽く,名目貨幣であった。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

はんりょう‐せん〔ハンリヤウ‐〕【半両銭】

秦の始皇帝が中国統一後に定めた円形の銅貨。方形の(あな)があり、「半両」の文字が刻まれている。漢代にも鋳造された。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

はんりょうせん【半両銭 Bàn liǎng qián】

中国,戦国末期に秦国で鋳造され始め,漢の前121年(元狩2)まで流通した銅銭。中央の方孔(正方形の穴)をはさんで右に半,左に両の文字を刻むところから半両銭と呼ばれる。半両とは1両(24銖)の半分(12銖)の重さを意味する。秦の始皇帝の末年(前210),黄金(金餅)を上幣,半両銭を下幣とする秦国の貨幣制度を全国に普及させることが定められたが,まもなく秦は政治的混乱状態に陥ったため,秦代には半両銭は統一貨幣として機能するにはいたらなかった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

半両銭
はんりょうせん

中国、秦(しん)・漢時代に流通した「半両」の二字を鋳造した青銅製の円体方孔(ほうこう)の銭。秦の始皇帝が紀元前221年に発行した半両銭は実体貨幣で、大半両ともよばれている。当時の半両(12銖(しゅ))は今日の約8グラムである。漢半両には、八銖半両と四銖半両とよばれるものがあり、銘には半両とあるが、実質は前者が3分の2、後者が3分の1の重さで名目貨幣である。[飯島武次]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の半両銭の言及

【秦】より

…中央官制としては,丞相,太尉,御史大夫という三公の下に官僚体系を整備して中央集権国家体制を完成させ,この体制が次の漢王朝に引き継がれることになる。この他,始皇帝がなした統一事業としては,度量衡の統一,貨幣の統一(半両銭すなわち約8gの円形方孔の青銅貨の制定),文字の統一(篆(てん)書という書体への統一),交通網の整備,民間からの武器の没収などがあり,これらの諸政策は丞相となった李斯を中心として,法家思想に基づいて進められたのである。外政に関しては,前215年に蒙恬(もうてん)を将軍として匈奴を討ち,万里の長城を築いて異民族の侵入を防ぎ,南は華南一帯を領土に収め,また東方の朝鮮にも軍隊を進めて東アジアにおける最初の大帝国を築きあげた。…

【銅銭】より

…この明刀銭の形式はまもなく南隣の斉国に受容され,化銭(あいかせん)が作られる。やがてこの方孔円銭の様式は西方の秦にも採用され,半両銭が作られる。半両銭は秦国の貨幣であったところから最初の統一貨幣の名誉を担うことになるが,方孔円銭という点で後世の銅銭の祖型とはなったものの,周縁部に外郭がなく,文字や形式も不整合なうえ,銭文とその重量が一致していなかった。…

※「半両銭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

半両銭の関連キーワード石寨山古墓貔子窩古泉匯環銭鉄銭

今日のキーワード

所信表明演説

政府の長が施政に関する考え方を明らかにするために行う演説。日本の国会では、臨時国会や特別国会の冒頭に内閣総理大臣が衆議院および参議院の本会議場で行い、当面の問題を中心にその国会における内閣の方針を示す...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android