南アジア地域協力連合(読み)みなみアジアちいききょうりょくれんごう(英語表記)South Asia Association for Regional Cooperation; SAARC

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

南アジア地域協力連合
みなみアジアちいききょうりょくれんごう
South Asia Association for Regional Cooperation; SAARC

バングラデシュ,ブータン,インドモルジブ,ネパール,パキスタン,スリランカの7ヵ国で構成される地域協力機構。 1980年5月に,バングラデシュのジアウル・ラーマン大統領が南アジア地域協力機構 SARCとして提唱した構想が契機となり発足した。 1985年に SAARCの設立をうたったダッカ宣言を表明,また運営方針を定めた南アジア地域協力連合が調印され,正式に発足した。その目的は,国連憲章と非同盟の原則を遵守しつつ,南アジア諸国民の福祉と生活の向上をはかることである。事務局はカトマンズに置かれている。圧倒的な政治・軍事・経済力をもつインドと他の国との対立の場とならないよう,会議は全会一致を原則とし,またインドとの2国間問題については討議しないこととしている。麻薬,疫病,災害などの社会分野を中心に経済分野でも協力を行なう。

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知恵蔵の解説

南アジア地域協力連合

南アジア7カ国が1985年に設立した地域協力機構。現在の構成国はインド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、ブータン、アフガニスタン、モルディブ。もともとバングラデシュのジアウル・ラーマン大統領が提唱した。85年にダッカで開かれた第1回SAARC首脳会議では、発足をうたった「ダッカ宣言」「SAARC憲章」が調印された。東南アジア諸国連合(ASEAN)の発展と地域統合を参考にしており、97年にモルディブで開かれた第9回SAARC首脳会議では、域内貿易を自由化する「南アジア自由貿易圏(SAFTA:South Asia Free Trade Area)」の実現構想に合意した。SAARCは各国の政変や事件などでたびたび首脳会議の開催がずれ込み、足踏みを重ねた。しかし、SAFTAは2006年1月に発足し、15年末までに関税を0〜5%まで引き下げる自由化プロセスが始まった。もっとも南アジアの貿易相手は大半が域外国で、域内の貿易額は地域全体の約5%に過ぎない。域内貿易が大きい東アジアに比べ、自由貿易圏をつくる効果は小さいとされるが、14億人を超える域内人口は世界最大だ。また、05年11月にバングラデシュの首都ダッカで開かれたSAARC首脳会議ではアフガニスタンの加盟が基本承認された。日本、中国もオブザーバー加盟を申請している。

(竹内幸史 朝日新聞記者 / 2007年)

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南アジア地域協力連合【みなみアジアちいききょうりょくれんごう】

SAARC(South Asian Association for Regional Cooperation)の訳。インド,パキスタン,バングラデシュ,スリランカ,ネパール,ブータン,モルディブの南アジア全7ヵ国で構成される地域協力機構。1970年代からバングラデシュが提唱,1985年の南アジア諸国首脳会議(ダッカで開催)で,SAARC憲章と共同宣言(ダッカ宣言)を採択して発足。事務局はネパールのカトマンズ。2国間の問題を持ち込まないことや全会一致制が運営の原則で,年次首脳会議を最高決定機関とし,外相理事会(年2回),常設委員会などを置く。従来の活動領域は,技術協力・文化協力など非政治的分野が中心であったが,1997年の第9回首脳会議では加盟国間の貿易を自由化する南アジア自由貿易圏(SAFTA)を実現することで合意。日本は1993年度からSAARC支援特別基金を拠出している。
→関連項目南アジア

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