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産業構造 さんぎょうこうぞう industrial structure

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

産業構造
さんぎょうこうぞう
industrial structure

産業間の仕組みとその関係をさす。経済はそれの必要とする財およびサービスの生産・流通・消費の全体を意味し,相互にからみ合っている。これらの総体を経済構造というが,産業構造は,このうちの生産に属し,財およびサービスを供給する産業間の関連と構造に力点が置かれる。

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デジタル大辞泉の解説

さんぎょう‐こうぞう〔サンゲフコウザウ〕【産業構造】

国民経済における各種産業の構成の状態。

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百科事典マイペディアの解説

産業構造【さんぎょうこうぞう】

一国の国民経済は種々の産業の複合体とみることができるが,この諸産業の組合せの状態を産業構造という。その把握(はあく)の仕方は,資本財産業と消費財産業平和産業軍需産業輸出産業と国内産業など,分析の目的に応じて多様であるが,経済学においては,第1は経済発展過程の分析に,第2は経済循環の分析に関連して研究されてきた。
→関連項目格差社会産業産業分類

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世界大百科事典 第2版の解説

さんぎょうこうぞう【産業構造 industrial structure】


[意義と学説]
 産業構造とは,国民経済を構成する各種産業の比重や仕組み,関係をあらわすものである。これに対して,一つの特定産業内における企業の行動や企業間の構造を示すのが産業組織(〈産業組織論〉の項参照)である。したがって産業活動の見方としては,産業内の問題を産業組織という表現を使い,産業間の問題を産業構造という言葉であらわす。産業構造を考えるということは,各種産業の国民経済における組合せ状態をとらえることであり,経済活動のなかで,各産業がどういう比重で構成されているかを問題とする。

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大辞林 第三版の解説

さんぎょうこうぞう【産業構造】

国民経済の内部における諸産業の相互依存のあり方。コーリン=クラーク(Colin Clark)は第一次産業・第二次産業・第三次産業に分類。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

産業構造
さんぎょうこうぞう
industrial structure

一国の産業全体のなかでの産業間の関係をさす。その際に、対比される産業をどのようにとらえるか、また何を基準として関係を考えるかは、それを問題にする視角によって異なってくる。一国の産業全体のなかの産業間の関係については、経済学の研究が進みだした当初から、優れた経済学者の頭脳のなかでは明確に意識されていた。古くは重農主義者のF・ケネーが『経済表』(1758)において、地主階級、生産階級(農業)、不生産階級(商工業)の三者を区別し、その間の経済循環を論じている。また、K・マルクスが『資本論』第2巻(1885)のなかで再生産を論じている際の第一部門(生産手段の生産部門)と第二部門(消費手段の生産部門)という2部門分割も、産業間の分析を含んだものである。ドイツ歴史学派に属する多くの論者も、その経済発展段階説は、一種の産業構造の議論を展開しているともいえる。しかし、20世紀に入ってから、とくに1930年代以降、今日の産業社会を産業構造的な視点でとらえるようになってから、本格的にこの分野の研究は発展してきた。[富山和夫]

研究の広がり

その際に、もっとも基礎的な分析と考えられているのは、C・クラークの分析である。彼の主著である『経済進歩の諸条件』(1940)は、産業を第一次産業、第二次産業、第三次産業の三つに分類したA・フィッシャーに倣って、世界各国の長期にわたる資料を分析し、次のような結論を引き出したものであった。すなわち、それぞれの産業の就業者数は、経済進歩の進まない段階では第一次産業が圧倒的に高い比率を占めているが、経済の進歩とともに変化を遂げ、まず第二次産業の就業者の比率が増加し、やがて第二次産業と第三次産業の就業者の比率が増大して第一次産業の就業者の比率は低下する。さらに経済が進歩すると、第二次産業よりもむしろ第三次産業の就業者の比率がより大きくなり、就業者では最大の部門となっていくというものである。彼はその際に、農業、製造業、商業という順に収益が高まるというW・ペティの法則を採用している。
 なお、今日の産業の三大部門の分類とC・クラークのそれとは同一ではなく、公益事業などの扱いが異なっている。一般に産業の分類は、それを使う目的によって最適なものが決まるので、分析目的によって産業の組み替えなどが行われる。一般にはそれらの最大公約数として標準産業分類がつくられている。
 C・クラークの分析は、比較的資料の入手が容易な就業者数を使っていることから、多数の国について、長期間の分析ができることが利点となっている。しかしながら、就業者数の比率は、産業別の所得水準が異なることから、厳密に産業の相対的な大きさを反映するとは限らない。また、経済進歩の結果として最大の部門となる第三次産業については、そのなかに家事労働に従事する者を含むことなどから、後進的な部分が進歩的な部分と同一の取扱いとなっているとの批判もある。さらに、産業を三大部門に分割することによって、産業の大きな変化は把握できても、第二次産業部門内部あるいは第三次産業部門内部での変化をより細かく観察するという視点に欠けるという弱点がある。
 第二次産業の内容が、経済の進歩に伴ってどう変わっていくかについての考察は、1931年にW・ホフマンが『工業化の段階と類型』という著作のなかで初めて体系的に論じている。ホフマンは、「工業化」とは迂回(うかい)生産が進むことであると主張した。迂回生産というのは、直接に最終目的の製品をつくるのではなく、そのための製造設備などの資本財をつくり、それらの資本財を利用するという回り道(迂回)をすることによって、生産性を高めるという考え方である。したがって、ホフマンによれば、工業化は、年々に生産される製造業製品の用途の変化を生み、消費財に対して資本財の比率が高まっていくはずである。このことから、彼は、消費財産業と資本財産業との比をとることで、工業化の度合いがわかると考えた。現実に彼が消費財産業と資本財産業とを分類するうえで採用した方法は、彼の本来の意図とは異なり、各産業の製品の用途がどの程度まで消費に向かい、あるいは資本として使用されたかという基準をもとにしている。彼の方法は、産業連関分析が発達した現在の時点からみると、財の用途と産業の財の産出とを近似して行っていることから難点が多いとされている。彼が事実上分析しているのは、消費財と資本財の両産業の比ではなく、一種の重化学工業化率である。
 製造業の内部の重化学工業化は、従来の軽工業(食品、繊維などの諸工業)に対して、重化学工業(鉄鋼、非鉄金属、機械、化学などの諸工業)のウェイトが高まることを意味している。しかし、重化学工業化比率の高さだけで工業発展の水準を判断することは適当ではない。1960年代のわが国の重化学工業化率は、すでに、アメリカ、イギリス、フランスなどのいわゆる欧米先進工業国と同一の水準となっていた。しかし、その時点でも、わが国とアメリカとは、工業の生産性において大きな隔たりがあった。ここから、重化学工業化率とは別の、工業水準を判断する基準が求められるようになってきた。製造業の部門を素材産業と加工・組立て産業とに分割し、その比をみようという試みである。
 篠原三代平(しのはらみよへい)は、その論文「加工度からみた産業構造の一視点」(『経済研究』18巻2号所収・1967)のなかで、アメリカと日本の繊維関連産業の分析を行い、そこにアメリカとわが国との工業製品の加工度の差異をみいだし、新しい産業構造をみる視点を指摘している。わが国の産業は素材産業の大きさに比べて、素材を加工し、組み立てる産業が十分に発展していない。それが、ほぼ同一の重化学工業化率にもかかわらず、工業の生産性では大きな遅れとなっている。したがって加工、組立ての産業のウェイトを高めていくこと(高加工度化)が、これからのわが国の産業構造の変化の方向であると彼は主張している。わが国の産業は、資源を大量に消費する鉄鋼、化学などの産業が相対的に過大であるとの感じをもっていた者が多く、資源多消費型の産業構造といわれていたが、これを加工度の低さとして明確にした点が大きな功績である。その後、産業構造を考える際には高加工度化という分析視点が不可欠なものとなった。
 1970年代になると、それまでの高度成長を第一とする考えが反省される時期に入り、産業を判断する基準がしだいに変わっていった。所得水準の上昇、環境問題の深刻化などがそれを促した。そこで生まれてきたのが、産業構造の知識集約化という発想である。これは、これまでの重化学工業化あるいは高加工度化という議論とは発想の異なるもので、これからの産業は、知識集約型の産業がしだいにウェイトを増していかなければならない、というものである。具体的には、研究開発集約型産業(航空機、電子計算機、ファイン・ケミカルなど)、高度組立て産業(数値制御工作機械、工場生産住宅など)、ファッション産業(高級家具、高級雑貨など)、知識産業(エンジニアリング、コンサルティングなど)の諸産業をより振興していくことを内容としている。これは、産業の判断基準の変化に伴って、これまでは軽工業の分野であるがゆえに軽視されがちであった家具、衣料品、雑貨などのなかにも、所得水準の上昇を背景にして、高級な、ファッション性のある製品が十分に存在意義をもつことを指摘している(軽工業製品の一部を再評価)。また、一般的な高加工度化の傾向にもかかわらず、素材でもファイン・ケミカル(医薬品、高級接着剤など)に象徴されるように、研究開発の成果を集約したような製品はこれからも機会が豊かであることを示している(素材産業の一部の再評価)。さらに、たとえ組立て製品であっても、国際競争などとの関連では高度なものへと発展を遂げていくべきであると強調している(組立て製品の限定)。知識産業では、従来の「物」をつくるということから、そうした過程で体得してきたエンジニアリングなどの無形の知識を売ることの重要性を指摘している(一種の「物離れ」現象)。知識集約化の議論は、さらに、新技術、新産業などへの産業の傾斜を強める方向に向かっている。
 製造業にかかわる産業構造論のもう一つのテーマとして、わが国では二重構造をめぐる議論がある。これは1957年(昭和32)の『経済白書』などが問題を提起したもので(「二重構造」ということばの最初の使用者は有沢広巳(ひろみ)である)、わが国の経済は近代部門と前近代部門の2部門に分かれているとして、この2部門の競争と共存の機構の解明が課題とされてきた。中村秀一郎の唱えた「中堅企業論」は、高度成長の過程で変貌(へんぼう)してきた中小企業の一つの典型を指摘したもので、その後のわが国の二重構造論を考えるうえでのもっとも重要な成果となっている。
 産業全体の変化についての研究も、その後いくつかの点で発展を遂げた。先に述べたC・クラークの分析が、全産業を対象としつつも、就業者数の比率の分析にとどまったのに対して、S・クズネッツは、多くの著作のなかで、就業者ではなく所得による三大部門間の関係の分析を行っている。その結論は相対所得平準化傾向ということであるが、この結論には疑問も多く、それをめぐる研究が盛んになっている。[富山和夫]

産業構造と国際関係

産業構造は、国際関係によっても大きな影響を受ける。輸出入の状況によって産業構造は変わってくるからである。輸入品の多い国内産業は相対的に小さくなり、反対に輸出品の多い産業は相対的に肥大する。その典型的なものは、C・クラークの分析に登場するイギリスの第一次産業就業者の比率が19世紀の初頭から低水準にあり、それに対比される第二次産業就業者の比率が高水準であったことである。こうした研究は、すでに1930年代からのものであるが、戦後に発達した産業連関分析を利用し、輸出と輸入が産業構造と経済成長の相互作用にどうかかわるかという研究も進んでいる。
 最近では、わが国でも資本輸出(企業の対外進出)が活発になってきた。これは、商品の輸出が相手国の産業や労働市場の保護などの視点から限界になってきたことから生じたものである。商品の輸出は、それを生産する産業が国内で相対的に高いウェイトを占める方向に作用する。これに対して、資本輸出は、企業にとっては事業機会の拡大を意味するものの、国内の産業の拡大に対しては抑制的に働き、表面上では産業構造を変化させない作用をもっている。つまり、資本輸出という現象がなければ、国際競争力の優れた産業は相対的に大きなウェイトを占め、国際競争力の低い産業は逆の立場になるのであるが、資本輸出によって、産業構造と国際競争力との相関関係が不明確になってくる。ここから、産業構造をこれまでのように国内のなんらかの資源配分の問題に限定して論ずることには一定の限界のあることが明確になってきた。産業活動の国際化、企業活動の多国籍化を反映するような、国際的な視野にたつ新しい分析の登場が期待されている。
 産業構造の研究はこのように産業構造変動の方向を探り、さらにそれに対して長期的な資源配分政策を提示するという性格のものである。したがって産業とその存立基盤の変動によって産業構造として問題にするものも変化していく。[富山和夫]
『篠原三代平著『産業構造論』第2版(1976・筑摩書房) ▽稲毛満春著『産業構造論』(1971・東洋経済新報社) ▽富山和夫著『現代産業論の構造』(1973・新評論) ▽池田勝彦著『産業構造論』(1973・中央経済社)』

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